No.043 恋の季節

動物エピソードペットコラム

「奥山に紅葉踏み分けなく鹿の声聞くときぞ秋は悲しき」これは『小倉百人一首』に出てくる歌で猿丸太夫の作といわれている。秋の風情を描写した歌として有名な句だ。シカのミューン、ミューンと鳴く声がはるか彼方までよく響きわたり都まで聞こえ、物寂しく聞こえたのだろうか。

袋角の出始めでこれがどんどん成長し三叉になる。

初めての担当動物は、ハナジカと呼ばれるタイワン原産の種類で、日本のホンシュウジカと同じ大きさくらいのシカであった。5月から担当になったので、早速慣らそうと意気込んで、柵の中に入るたびに青草を与えていたところ、私が行くと餌を目当てに近寄ってくるようになった。
シカの角は、春先に古い角が脱落して、その跡にまた新しい角が生えてくる。この角は袋角といって表面には細かい毛が生えて、まるでビロードの布をかぶせたようだった。内部では血液によってカルシウム分が運ばれ沈殿していくのだが、やがて血液の流れが止まり、内部が骨化し全体が硬くなると皆さんよくご存知の角となる。

袋角に送っていた血液が止まり、内部が骨化すると、角を立ち木などにこすりつけて、表面の皮を剥がす。すると中から鋭い角が現れる。写真は金華山シカ。写真家 さとうあきら氏撮影

私が担当になった頃、メスはそろそろ出産シーズンに入り、オスは袋角の時代で武器として使うことができないため、メスのほうが強いくらいだ。やがて真夏を迎える頃になると、袋角は急に大きくなってきた。オスジカは立木の幹に角をこすり、表皮をはがし始めると中から骨化した角が姿を現した。袋角から本物の角に変身したのだ。すると、今まで傍によってきていたオスたちは距離を置いて私を見るようになった。初秋になるころ、私が草を片手に「さあ、食べにおいで」とばかりに一歩ずつ近づくと、オスは体を反転し数歩遠ざかって私をにらんでいる。翌日も同じように、草をあげようとすると、今度は頭を低く下げて角を私のほうに向けて、突進してきそうな気配である。いままでかわいがってあげたのに、なんで急に敵対意識を持つのか、と今度は反対に悔しくなって、持っていた竹製の熊手を振りあげた。その剣幕にびっくりしたらしくオスジカは10mくらい後退し、なおもこちらを伺っていた。

事務所に戻り、この数日間の一部始終を先輩に話し、私はシカの変わりようを話したところ、それは怪我をしないでよかった、と自分の経験談を話してくれた。その話によれば、とくに大きなオスジカはこれから本格的な発情期に入ると気性が荒くなり、角で突きかかることがある。先輩は、以前、オスに角で突きかかられて、金網をよじ登って難を逃れた話を身振り手振りを交えて話してくれた。そう言えば高校の畜産の授業で、発情したウシに飼い主が後ろから突かれた話を聞いたことがあった。シカの話は聞いていなかったが、角を持つ動物は要注意と思い知らされた。

多くの動物たちは太古の昔より、健康で強いオスの遺伝子を残すために、オスの間で戦い勝ち抜いたものが種オスになるよう遺伝的に組み込まれている。人間も含め実に恐ろしきかな恋の行く末である。

ところで、百人一首に出てくるシカのミューン、ミューンというトーンが歌人たちには物悲しく聞こえたのだろうが、実際には秋ならばオスの発情期の鳴き声で、オスの雄叫びだ。こんな詮索をすると侘びさびも理解できないと反論されそうだね。

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