No.042 ゴリラのドラミング

動物エピソードペットコラム

幼いゴリラのぬれたような瞳は哀愁が漂うような魅力があり、そのまなざしでじっと見つめられると、なんてかわいいんだろう、と思わず手を差し伸べたくなるのは私だけだろうか。
私が上野動物園に採用されたのは1959年6月で、同年10月からゾウ係員となった。当時のゾウ舎は類人猿舎(ゴリラ、チンパンジー、オランウータンを飼育)に隣接しており、2年前(1957)に3頭のゴリラが来園していた。1960年当時、オスが5歳半と4歳くらい、メスは5歳半と推定されていた。私もゾウ舎への通りすがりに毎日かわいいゴリラを見るのが楽しみだった。

今年、NHKラジオ『夏休み子ども科学電話相談』で、『ゴリラはどうしておなかをたたくの?』という質問があった。

かわいいブルブル(オス)のドラミング。

ゴリラは4歳くらいになると遊びのレパートリーのひとつに立ち上がって両手で胸を叩くドラミングが加わる。オス、メスともに平手や指を少し曲げて胸を叩く。これを英語ではドラムを叩くという意味で、ドラミングとよんでいる。まだ子どもたちのドラミングは遊びだが、13歳すぎて背中が白くなりシルバーバックと呼ばれる群れのボスのドラミングともなれば迫力満点だ。

ドラミングについては、一連の行動が観察されている。ゴリラの研究で著名な山極寿一博士によれば、はじめにフーティングと呼ばれるフーとかホーとか聞こえる短く高い音を出し、近くの草や葉を引きちぎって投げながら、立ち上がりドラミングをしながら突進する。突進は方向が決まっているわけではなく、むしろ誰もいない方向を選んでする。そして、最後に地面を力いっぱいパン!と叩いて終わりになる、との報告がある。

大人になると迫力満点のドラミングだ。
写真はいずれも(財)東京動物園協会

野生のドラミングの報告例では、シルバーバックのドラミングは他の群れのオスや外敵に対する威嚇行動だ。たとえば、集団同士の出会いや単独でいるオスと出会ったときで、お互いのオス同士がドラミングを行う。さらに、メスたちにボスの強さを示す自己アピールの意味もある、と考えられている。

ドラミングの音は数kmに届くといわれるが、その仕組みはオスの胸筋の下に発達している共鳴袋による。長い時間を経て肉体的な変化がこの特殊な威嚇方法を獲得させたのだろう。

ゴリラの野生の生態を知らない時代、体重180kgにもなる巨大なシルバーバックが立ち上がり奇声を発しドラミングしながら突進してきたら、されたほうの恐怖はいかばかりであったろう。しかし、その実態は植物が主食の穏やかな群れだ。マウンテンゴリラの生態調査は1960年頃からG.シャラー博士他の研究者たちが科学的に調査して、それまで凶暴と思われていた生態が誤りであると証明した。それにしても初めて野生ゴリラの生態調査を行った研究者の勇気と熱意に敬意を表したい。

そうそう腹を叩くゴリラという質問だったが、本当は腹ではなく、胸を叩いているんだよね、と言いつつ自分の腹を叩いていたら、娘にただのメタボだと言われてしまった。

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