タテガミオオカミ属
イヌ科の中でタヌキが短足ならば、タテガミオオカミはその反対に細長い脚が特徴です。本属は1種タテガミオオカミのみで、亜種はいません。4肢が長いのは草原で獲物を捕るとき、飛び上がって上から獲物を押さえこむのに有利で、進化の過程で草原に生きる体形に変ってきたと考えられています。また歩行の仕方が、キリンやラクダと同様に、左の前肢と左後肢を同時に出して歩行する側対歩と呼ばれる歩行方法も、食肉目の中では珍しい習性です。この歩様は生後、最初の歩行時から見られます。タテガミオオカミは腎臓に腎虫(じんちゅう)が寄生しますが、ロベイラというナス科ナス属の実を食べて、この寄生虫を殺すと言います。ロベイラは1年中実がなり、「オオカミの実」とも呼ばれ採食する果実の大半を占めると言われます。
タテガミオオカミ
タテガミオオカミはブラジル中央部から東部、ボリビア東部、パラグアイ、アルゼンチン北部、ペルー東部の草原や低木林、沼沢地、森林に生息しています。夜行性ですが活動のピークは夕暮れ時です。繁殖期になると一夫一妻(1雌1雄)のペアーを形成しますが、それ以外は単独で生活しています。行動域は30~40km²で、一部は重複しています。メスよりオスの方が活発に活動し、繁殖期には頻繁に匂いつけをします。鳴き声によるコミュニケーションは、単発で喉の奥から出す声、主に日暮れ時に聞かれるハイピッチですすり泣くような声、そして敵対行動のおりに出すうなり声が報告されています。
からだの特徴

本文に「長い4肢が特徴です」と書きましたが、写真をご覧になれば一目瞭然でしょう。写真家 大高成元氏 撮影
肩部にタテガミのような直立した黒く長い毛が生えていることが名前の由来となっています。全体的には、淡黄色がかった赤で、4肢と鼻端、たてがみは黒く、顎の下、耳の内側、尾の先は白です。毛は他のイヌ科のなかまより柔らかいのですが、下毛はありません。指先と指球を地面につけて歩く指行性で、前肢に5本、後肢に4本の指があり、指球の第3と第4が癒合していることで、地面に着く面積は広くなり湿地帯での活動を助けています。耳は3角形で約17cmと大きいことから、聴覚に優れ、餌となる小型動物の音を聞き取るときや、他個体の鳴き声を聞くときに役立っている、と考えられます。歯式は、門歯3/3、犬歯が1/1、小臼歯4/4、大臼歯2/3で左右上下合わせて42本で、オオカミと同じですが、上顎の門歯は弱く、同じく上顎の第4前臼歯(裂肉歯)も小さくて、犬歯は細く長くなっています。これは肉と植物質が半々という食性に関係しているのでしょう。肩高が74~90cmもあり、頭胴長95~132cm、体重20~26kgで、背が高くほっそりした体形は、草原や低木林の間を素早く駆け抜けるのに適応しています。
えさ
雑食性でネズミ、アルマジロ、ウサギ、鳥、爬虫類、昆虫、果実、他の植物などが挙げられています。上野動物園の飼育例では、馬肉、鶏頭、バナナ、アボカド、ラットなどを中心にした餌を1日1回給与していたと報告されています。飼育する場合には、どの動物園でも肉類のほかにバナナが主要な餌のひとつとしてよく使われているようです。
繁殖
飼育下の出産例によれば、交尾期は北半球では10月から2月、南米では8月から10月です。出産用の巣は身近にある茂みや背の高い草の陰に作ります。発情は5日間続き、妊娠期間は62~66日、1産で2~5頭を出産しますが、7頭の記録もあります。出産時の赤ちゃんは黒い毛で被われていて、体重は340~430g、目と耳は閉じていますが、目は生後8~9日齢で開き、耳は生後約4週齢でピンと立ちます。体色は生後10週齢で黒から淡黄色がかった赤色に変わり、成獣と同じになってきます。しかし、4肢はまだ成長が続き、成獣のように長くなるには約1年かかります。生後4週齢で吐き戻した餌を食べ始めます。授乳期間は生後約15週齢です。飼育下では父親は育児に協力し、出産したメスに餌を運ぶのが観察されているので、野生でも共同育児すると考えられます。生後1年以内にひとり立ちします。
上野動物園の繁殖例によれば、出産時の体重は約300g(推定)、頭胴長約20cm(推定)でした。生後16日齢で初めて子どもの体重を測定しましたが、この時は1.3~1.4kg、生後100日齢で8.1~8.3kg、生後233日齢で21.5kgとなり、親とほぼ同じになったと報告されています。
長寿記録としては、シカゴのリンカーンパーク動物園で2001年11月15日に死亡した個体の16歳10ヶ月という記録があります。
外敵
体が大きいので、自然界ではほとんど外敵はいないと考えられていますが、飼いイヌがタテガミオオカミを攻撃して殺した例が報告されています。
データ
分類 | 食肉目 イヌ科 |
分布 | ブラジル中部から東部、ボリビア東部、パラグアイ、アルゼンチン北部、ペルー東部 |
体長(頭胴長) | オス・メス 95~132cm |
体重 | オス・メス 22~26kg |
尾長 | オス・メス 28~49cm |
肩高 | オス・メス 74~90cm |
絶滅危機の程度 | 最近の生息数は約23,600頭で、このうち繁殖可能な個体は約13,000と推測され、現在は絶滅の危機は少ないと考えられるので、IUCN(国際自然保護連合)発行の2010年版のレッドリストでは、準危急種(NT)にランクされています。 しかし、地域によっては農耕地の拡大による生息地の減少や分断化、ニワトリやサトウキビなどを食べる害獣としての捕獲、高速道路での交通事故死の増加が報告されているので十分な警戒が必要です。 |
主な参考文献
Beacham, W. and Beetz, K.H.(ed) | Beacham’s Guide to International Endangered Species Vol.1 Beacham Publishing Corp., Florida. 1998. |
Dietz, J. M. | Mammalian Species No. 234. Chrysocyon brachyurus , The American Society of Mammalogists . 1985. |
細田孝久 | タテガミオオカミの繁殖 どうぶつと動物園, Vol.56, No.9(財)東京動物園協会 2004 |
今泉吉典 監修 | 世界の動物 分類と飼育2 食肉目 (財)東京動物園協会 1991 |
今泉吉典 監修 | 動物大百科 食肉類 平凡社 1986 |
今泉忠明 | 野生イヌの百科 データハウス 1993 |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.1, The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999 |
Parker, S.P. (ed) | Grzimek’s Encyclopedia of Mammals, Volume 2, McGrow-Hill Publishing Company .1990. |