バク科 バク属
バクの祖先はおよそ2,000万年前にはすでに栄えていましたが、その後もほとんど変化をしていないので、奇蹄目のなかでは原始的なグループと考えられています。かつてはヨーロッパや北アメリカにも分布していましたが、当時の地球はヨーロッパと北米がつながっておりローラシア大陸(現在のユーラシア大陸と北アメリカ大陸)と呼ばれる1つの大陸でした。現在、バクは東南アジアと中米と南米に生息していますが、北米から南米に渡ったのは更新世(200万年前)以降で、ヨーロッパや北米に分布していた仲間は氷河期で絶滅しました。
奇蹄目の祖先は指が5本ありましたが、進化するにつれて指が3本又は1本と少なくなっていきました。バクの場合、前肢は4本指、後肢では3本指ですが、骨格から見れば前肢も中指を中心として体重を支えているため奇蹄目としての特徴は備えています。前駆は頸が太くて足が短く、後躯はふっくらとして丸味を帯びてずんぐりとしています。鼻はゾウと同じように上唇と鼻が長く伸び、神経が発達して自由に動かし、草などを採食するときに鼻先で選ぶことができます。生息場所は半水生と言われるくらい水中生活にも適応し、潜ることもできて鼻先を水面に出して息を吸うこともできます。高地に生息するヤマバクの皮膚は他の種類に比べ薄くて、長い毛に被われ寒さに適応しています。活動時間帯は薄暮が多いのですが、マレーシアのタマン・ネガラでは人間が近くにいない場所では日中も時々活動すると報告されています。
バク科はバク属のみで次の4種(又は5種)が含まれます。
①マレーバク ②アメリカバク ③ヤマバク ④ベアードバク、の4種類とされていましたが、2013年に、ブラジルとコロンビアに生息するバクが、⑤カボマニバク(英名:Kabomani tapir、学名:Tapirus kabomani)として新種登録されています。バクの仲間では最小の種類として話題になりました。
マレーバク
かつてはインド北部から中国の東部及び中央部、ベトナム南部、スマトラ、ボルネオまで東南アジアで広範囲に分布していましたが、現在はミャンマー南部、タイ南西部、マレーシア(マレー半島)およびインドネシア(スマトラ島)のみに分布し、現存するバク4(又は5種)種のうち唯一アジアに生息しているバクです。子連れのメス以外は単独生活者で熱帯雨林、低地湿潤林の一次林や二次林に生息し、湖や河川周辺部の草地や叢林、近くに水がある地域を好みます。日中は林や草地の茂みですごし、夜間になると採食に出かけます。行動は外見に似ず素早く走り、斜面を駆けのぼります。泥水や水のあるところでは転げまわったり水の中で遊んだりするほか、川や池で泳ぎ、水に潜ることもできます。用心深いので危険を感じると水中に逃げ込み、安全が確かめられるまで長時間入って逃れます。水中では鼻をシュノーケルのように使うところはゾウと似ています。コミュニケーションは甲高い口笛のような声と尿による匂いつけで、野生のバク同士が出会うとお互いに攻撃します。聴覚と嗅覚が発達しており、地面に鼻端を付けるようにして歩きます。タイのフワイ・カーケーン野生生物保護区では標高100m~1,500m、スマトラでは標高1,500mで見られ、山越えするときには標高2,000mを越えると推測されています。本来は低地で生活している動物と考えられていますが、乾季で青草がない時や森林火災などがあったときは高所に移動します。
マレーシアのタマン・ネガラ国立公園で発信機を付けて調査したところ、オスの行動圏は12.75km²で数頭の個体と重複していました。子連れの母親の27日間の行動圏が0.52km²や、さらに最近やはり発信機をつけた調査で、クラウ自然公園では10~15km²との報告があります。オスの一日の平均移動距離は直線距離にして0.32kmでした。オスはなわばりをもち尿や糞で自分の存在を主張しています。
からだの特徴
東南アジアの熱帯雨林の中で最大級の1種です。体長は235~250cm、体重250~350kgになります。
体色はアメリカ大陸に生息する他の3種(又は4種)のように、体全体が単一色でなく、肩甲骨の後ろから腰部にかけて、及び蹄の周囲は白く、前駆と4肢は黒色ではっきり分かれているため、簡単に見分けることができます。スマトラとマレーシアでは全身黒い個体がトラップ写真で撮られています。
頸部は短く、鼻が長くて腰部がふっくらとして丸みを帯び、皮膚は引き締まって毛がまばらに生えています。バクの体形は頭部を下げた状態で藪などを突っ走る場合に都合がよく、ほかの動物ならば躊躇するような深い茂みも難なく突破できます。たてがみがありませんが、頭部の後ろと頸部の皮膚の厚さは2~3cmあり、急所となる首筋を肉食獣に咬まれるときや、深い藪を突き抜けるときに体を保護しています。
鼻はアメリカ大陸に生息する種類より長くおよそ30cmでその先端に鼻孔があり、上面が丸く下側が平らで強く、伸縮し草を引きよせたり選別したりすることができます。出産して子どもを自分の方に引き寄せるときに鼻を使っていた、と飼育下の報告もあります。通常、頭を下げて歩くときは鼻端が地面に近いので鋭い嗅覚で多くの情報を得ることができる、と推測できます。
目は小さく眼窩(がんか)の奥にあることで藪の中を通るときに傷つけることから防ぐことができ、また顔の横についていることで広範囲を見渡すことができます。瞳孔は丸く暗紫色です。耳は楕円形に突出し、尖端が白いので母子の識別に役立っていると考えられます。
尾は5~10cmと短く、根元は太く先端は細くて房がないので害虫による被害を厚い皮膚で防いでいるのでしょう。
肢は頑丈で短く前肢に4本の指がありますが1本は小さく、後肢に3本あります。前肢には4本の指がありますが、肢の主軸は第3指が中心となり奇蹄目の特徴を持っています。体全体では肩より腰の方が少し高くなっています。
歯式は、門歯3/3、犬歯が1/1、前臼歯4/3-4、臼歯3/3で左右上下合わせて42~44本です。上顎の第3門歯は円錐状で犬歯より長くなっています。犬歯と頬歯(前臼歯+臼歯を含めた呼び名)の間には歯隙があり、頬歯はセメント質がなく歯冠が低いのですが、横に走る顕著な隆起があり堅い植物を磨り潰すときに効果的に働きます。乳頭は鼠径部に1対あります。
えさ
水草、草、樹の葉、木の芽、小枝、地上の低いところに実る果実を採食しますが、特に新芽を好むと言われています。被子植物のコミカンソウ科のランバイ属では太い枝から3cm位の果実が実りますが、1.4mぐらいの高さまで採食できます。スマトラでは双子植物のトウダイグサ科やアカネ科、チョウセンシダ科のオオタニワタリ、アオイ目のドリアン、そして、単子植物ではユリ科、シダ植物のチョウセンシダ等それぞれ多種多様な植物を採食しています。115種以上の植物がリストアップされていますが、このうち27種類を良く採食していたと報告されています。タイでは39種の植物を好んで採食し、採食部位は葉が86.5%、果実8.1%、小枝と葉の混ざったもの5.4%でした。
繁殖
1年を通じて繁殖記録がありますが、野生下のピークは4月~5月です。発情周期は雌雄間の性行動の観察から1ヶ月ぐらいと考えられていましたが、楠田哲士博士と国内の動物園との共同研究結果によれば、元々の生理として、1ヶ月くらいの発情周期と2ヶ月くらいの発情周期の2パターンがあると報告しています。1産1子で生まれたばかりの子どもの体重は6.4~9.1kg。妊娠期間は390~410日です。2007年にマレーシアのセランゴール州、スンガイドゥス・マレーバク保護センター(MTCC)において、初めて双子が生まれています。
多摩動物公園の繁殖例によると、生後45分後に立ちあがり、母親は横臥して授乳しました。体重は1週間に4~6kg増加し、生後10日齢で2倍、生後2ヶ月齢で5倍に達したと報告されています。
バクの子どもは体の模様が野菜のマクワウリ(真桑瓜)に似ていることからウリ坊と呼ばれ、体全体は黒色で白から黄白色の縞と斑点があります。イノシシの子どもにも縞がありますが、こちらは体が薄茶色で濃紺の縞があり、いずれも天敵から身を守る保護色と考えられています。白黒のツートンカラーにかわる日齢は個体差があり、生後77日齢で体の後躯が白くなり始め生後132日齢で完全に成獣と同じになったとの報告のほかに、生後70日齢頃から後躯が白くなり始め5~6ヶ月齢頃に成獣と同じ模様になる、と言う報告もあります。このように親と同じ色調になる時期は幅がありますが、遅くとも1歳で成獣と同じ模様になります。子どもは母親と同じくらいの体格になる生後6~8ヶ月齢で離乳します。性成熟はオスの早い個体で3歳、メスは2.8歳の報告があります。
長寿記録はとしては、ドイツのニュルンベルク動物園で1966年6月1日に生まれ、2002年12月16日にシュトゥットガルトにあるウィルヘルマ動物園で死亡した個体(メス)の36歳6ヶ月という記録があります。
外敵としては、人間以外ではトラ、ヒョウ、ドールがいます。
生息数減少の原因
生息数減少の大きな原因は過度の開発による生息地の消失、分断と狩猟圧によるものです。現地ではマレーバクは信仰の対象になっていたので、長い間狩猟の対象にはなっていませんでしたが、近年は食料やスポーツのための狩猟による被害が増加しています。
スマトラではタバコ、ゴム園、パーム油にするために1984年の報告でバクの生息していた森林の20~35%、最近15年間で最大60%を損失し、現在の生息地は元の10%程度に減少しているのにもかかわらず、さらに食料やスポーツのために狩猟が横行して生息数の減少に拍車をかけています。東南アジアの熱帯雨林は、最近36年間で50%減少したともいわれています。最も多く残っているといわれているマレーシアでも、2008年の報告では生息数はわずかに1,500~2,000頭と推測されています。今後は他の地域でもより詳細な生息数の調査が必要です。
現在はタイ、ミャンマー、マレーシア(マレー半島)、インドネシア(スマトラ島)の国立公園で保護されています。
データ
分類 | 奇蹄目 バク科 |
分布 | ミャンマー南部、タイ南西部、マレーシア(マレー半島)、インドネシア(スマトラ島) |
体長(頭胴長) | 230~250cm |
体重 | 250~350kg |
尾長 | 5~13cm |
肩高(体高) | 100~130cm |
絶滅危機の程度 | IUCN(国際自然保護連合)発行の2014年版レッドリストでは、マレーバクは絶滅の恐れが非常に高い絶滅危惧種(EN)に指定されています。また、ワシントン条約では「付属書Ⅰ」に該当し国際的な商取引が禁止されています。日本国内でのマレーバク飼育数は2013年12月31日時点で11ヶ所の動物園でオス19頭、メス15頭、計34頭飼育中です。 |
主な参考文献
D.W.マクドナルド編 今泉吉典監修 |
動物大百科4 大型草食獣ウマ,ロバ,シマウマ.平凡社 1986. |
今泉吉典 (監修) | 世界哺乳類和名辞典 平凡社1988. |
今泉吉典・中里竜二 | 奇蹄目総論 In世界の動物 分類と飼育4 奇蹄目+管歯目+ハイラックス目+海牛目、 今泉吉典(監修) (財)東京動物園協会 1984. |
熊沢信吉・宗近 功 | 奇蹄目 バク科 Ⅱ.バクの飼育2.マレーバクの繁殖 In世界の動物、 分類と飼育4 奇蹄目+管歯目+ハイラックス目+海牛目、今泉吉典(監修) (財)東京動物園協会 1984. |
楠田哲士 | Vol.14『バクの繁殖研究① 採血と発情周期』、どうぶつのくにhttp://www.doubutsu-no-kuni.net/ 参照2014-11-16. |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.Ⅱ The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999. |
祖谷勝紀 | 奇蹄目 バク科 Ⅰ.バクの分類 1.バク科バク属について 2.世界のバクIn世界の動物 分類と飼育 4 奇蹄目+管歯目+ハイラックス目+海牛目 今泉吉典(監修)(財)東京動物園協会 1984. |
Wilson, D. E. & Mittermeier, R. A.(ed) | Handbook of The Mammals of The World.2. Hoofed Mammals,Lynx Edicion. 2011. |
Brooks,D.M., Bodmer,R.E. and Matola,S.(ed.) | Tapirs―Status Survey and Conservation Action Plan―IUCN, 1997. |