2015年 明けましておめでとうございます。
今年も皆様のご健康とご多幸を祈念いたします。
干支は日本や中国だけでなくアジア各国でも使っていますが、ベトナムではヒツジの代わりにヤギが干支になります。ヤギとヒツジは外見で見分けるのは案外難しいのです。ヒツジはヤギと比べると全体的に柔らかくふっくらしています。ヒツジには眼下腺(目の前下方にある分泌腺)があるのがはっきりわかりますが、ヤギにはありません。座りだこはヤギだけにあり、あごひげがあるのはヤギのオスだけです。
ところで世界のヒツジの飼育頭数ランキングによれば第1位中国1億8,700万頭、第2位インド7500万頭、第3位オーストラリア7472万頭でした(2012年国際連合食糧農業機関(FAO)発表データ)。日本もかつて1957(昭和32年)年には100万頭飼育していたこともあったのですが、右肩下がりに激減して、2010年の報告では世界158位で12,000頭でした。日本での減少理由は、気候が高温多湿で寒冷地を好むヒツジに適さなかったことや、国土が狭く大きな群れで放牧する農家が少なかったことに起因していると考えられます。
昨今の化学繊維の技術の進歩は著しく衣類の軽量化が進み、新しい住宅は床暖房が普及して国内の生活が一変しつつあります。一方、2億頭に迫る勢いで飼育する中国を見てもわかるように、人々は肉や乳、チーズなど舌鼓を打って食し、家ではなめしたムートンを敷き、毛で編んだセーターを着て、外出の時はウールのコートにマフラー等など供給する有益な家畜としてヒツジは今でも必要不可欠な存在です。日本人はもっぱら輸入に頼りながらラム、マトンを賞味し、腸ではテニスラケットの弦、脂肪は化粧品の材料として使いお世話になっています。
それでは早速、今年の干支「ヒツジ」にまつわる話を紹介しましょう。
1.野生のヒツジの分類

おだやかで福々しい顔に見とれます。今年もお世話になりますヒツジさん!写真家 大高成元氏撮影
ヒツジは今泉吉典博士によれば、偶蹄目(又は鯨偶蹄目)、ウシ科、ヒツジ属に分類されます。ヒツジ属は野生種としては①ムフロン②アジアムフロン③ウリアル(シャポー)④アルガリ⑤ビッグホーン⑥ドールビッグホーン(ドールシープ)⑦シベリアビッグホーン(ユキヒツジ)の7種がいます。ヒツジ属の特徴としては、眼下腺、蹄腺、鼠蹊(そけい)腺、などの分泌腺をもつことで近縁のヤギ属と異なります。尾は短く(家畜は除く)、角はふつう雌雄共にありますがメスの角は小さく、ムフロンではメスにない個体もいます。ビッグホーンは家畜ヒツジの原種を除いた3種の中で最も大きく、体重57~140kg、角は8~10kg、まれに12kgの記録もあります。メスはオスより小型で、体重はオスの60~70%です。
2.家畜にした野生のヒツジ
- ムフロンとアジアムフロン
(1)ムフロン
イタリア西部のサルジニア島、コルシカ島、地中海東部キプロス島、イラン西部の険しい山岳地帯に分布しています。体格はオスで体長110~130cm、体高65~75cm、体重25~55kgでヒツジ属の中で最も小型です。オスの角は渦巻き型です。キプロス島では亜高山の開けた森林に生息して草、木の芽や柔らかい枝を採食しています。染色体数は2N=54です。
(2)アジアムフロン
小アジア、イラン、アフガニスタン、トルキスタンなどに生息。体格はムフロンより一回り大型で、オスの体長110~145cm、体高82~100cm、体重36~87kgです。ムフロンと同じく染色体の数は2N=54です。 - ウリアル
カスピ海東部、イラン高原、アフガニスタン、パンジャブ、ラダック、チベットの山地に生息しています。オスでは体長110~160cm、体高75~97cm、体重36~66kgです。アジアムフロンの亜種とも考えられていましたが、染色体数は2N=58なので別種と考えられます。 - アルガリ
パミールからモンゴル周辺部、チベット高原などの高山帯や砂漠の寒冷な場所に生息しています。ヒツジ属の中で最大の種で体長180~200cm、体高110~125cm、体重95~180kgです。角の最大角長は190cm、角周囲は50cmです。染色体数は2N=56で、他の3種とも違います。
2.家畜化の始まり
ヒツジは今から8,000~10,000年前に上記の4種を、それぞれの生息地で家畜化して行ったと考えられています。家畜化の始まりについては諸説ありますが、その一つは、家畜のヒツジの染色体数が2N=54でムフロンとアジアムフロンに同じこともあり、最初に家畜化されたヒツジはこの両種で、その後家畜化したヒツジを連れ歩く間に同じ仲間のウリアルやアルガリと交雑してさまざまな品種を生み出していった、とする説です。家畜化に携わった砂漠の遊牧民は、高山の山岳地帯や寒暖の激しい砂漠の熱く乾燥した砂漠にも適応したヒツジを家畜として飼育することで、肉だけでなく乳や体の各部位も利用し大きな恩恵を受けてきました。また、塩性湿地は熱帯ではマングローブの密生した根や幹に阻まれて大型の草食獣は住めませんが、ヨーロッパでは海辺で干潮時になると湿地帯に入り採食し、満潮時になると湿地の高台に上げて放牧地として使用する地域があります。このような高台の草はヒツジの排泄物が草地の栄養分となり繁茂するので放牧が可能となっています。ヒツジは塩分濃度1.5~2.0%の水を飲むことができ過酷な環境への適応性も高くなっています。この他、紀元前2世紀までさかのぼり、西洋で紙が発明されるまで羊皮紙が重要な書類を記録するために使用されていました。
3.ヒツジの食性の多様性
野生のヒツジの仲間は平地より山岳地帯の岩場を好み草の極めて少ない環境で生きてきました。飼育下でもこの習性が残り、平地に放牧すると採食しながら上方に登り風通しの良い所で休息します。周辺の草類の約90%を採食し、乾季に草が不足すると針葉樹の葉まで採食しますが、毒草は識別して採食しません。このような餌の多様性は家畜としては大きな利点となっています。ヒツジの胃は4室に別れていて反芻しながらおよそ30時間をかけてセルロースを微生物に分解させて栄養として吸収しています。
4.群れ飼育に適した習性
ヒツジは群れを成し、群れはリーダーによって導かれ、メンバーはリーダーの後をついて行動する習性があります。馴致しやすい上に粗食に耐え丈夫なので、群れる習性と共に家畜として飼うにはうってつけな動物です。この習性を利用して国土の広い中東、モンゴル、中国、オーストラリア、ニュージーランド、ヨーロッパでは放牧して飼育するのが主流です。管理方法はいくつかありますが、その一つは、野生のオオカミが草食獣にとって怖い外敵となることを応用して、イヌを調教してヒツジの群れを自由自在に管理する方法です。羊飼いはイヌ笛を使って犬を操り、放牧中のヒツジを追いたてて誘導して囲いの中に入れます。私たちの通常の会話は200~4,000Hz(ヒトの可聴音域16~20,000Hz)ですが、イヌ笛の音域は15,000~30,000Hz(イヌの可聴音域65~50,000Hz)なので人間には聞こえなくイヌには聞こえます。牧童はイヌ笛をつかい、前後左右や停止の合図を送り自在に動かすことができます。牧羊犬を使ってショウとして見せてくれる牧場や動物園がお住まい近くにも結構あると思いますのでネット検索してみてはいかがでしょう。
イランで遊牧生活する民族の中にはこの習性を利用してヤギを1頭入れて群れを管理する人々がいます。活発なヤギは群れのリーダーになるため、このヤギを誘導すれば群れがあとに続くので至極簡単に管理できるのです。
5.ヒツジの体のひみつ
- 毛
もともと高山の山岳地帯に生息していた種なので寒さにはめっぽう強い反面、汗腺の発達が悪く暑さに弱いのです。ヒツジの毛は粗いヘアー(一次毛嚢(もうのう)と柔らかいウール(二次毛嚢)と呼ばれる毛で2重になっています。正田陽一博士によれば「代表的な毛用種のメリノー種は、一次毛嚢から二次毛嚢と同じような毛が出るように改良し、さらに二次毛嚢の毛は抜け替わることなく伸び続けるように育種している。本種は毛嚢が1㎠に8,000~10,000個あり、野生種と比べおよそ10倍ある」としています。とくに毛用種は暑い夏が来る前に毛刈りをしなければなりません。
私も高校生の時、飼育実習でヒツジの毛刈りを大きな専用のハサミを使って行いました。細心の注意を払ったつもりでしたが傷をつけてしまい、みんなで終了後赤チンを付けたところ体中が赤い斑点ができ、ヒツジさんごめんなさい、と皆で謝った思いがあります。
私たちの苦い思い出とは別に、世界では毛刈りの速さでびっくりするような記録があります。ヒツジの飼育で有名なニュージーランドの記録によれば、1980年に1人で9時間に804頭の毛刈りをした記録があり、1頭あたりに換算すると40秒ですから驚異的な速さと言えます。ふつう電気バリカンで刈って3~5分、ハサミでもおよそ15分もあれば刈ることができるそうです。このようなカリスマ理容師に早く済ませてもらえばヒツジに負担がかかりませんね。1頭のヒツジからスーツ1着分の毛が取れるそうです。 - 目
以前は上野動物園で宿直当番があって、月に4~5回園内に泊まっていました。そのおかげで閉園後動物舎を巡回するときに、ふだんならば決して見ることができない姿や仕草を至近距離から見ることができました。興味を持ったひとつに動物によって異なる瞳の形があります。担当していたゾウやサルの仲間、イヌ等全て瞳孔は丸いのですがバーバリーシープ(ヒツジの仲間)は一本の横棒でびっくりしたものです。もちろんヒツジも同じです。捕食者に狙われる動物たちは広角レンズのような作りで300度くらいの範囲が見え、常に四方八方に目を配っていち早く外敵を発見して避難します。
目の下には眼下腺から液体を分泌して樹の枝などにこすり付け情報を残しておき、お互いに匂いによるコミュニケーションを行います。 - 角
原種のムフロンはオスのみ角がありますが品種改良した家畜のヒツジは様々です。角がないコリデールやオスだけあるメリノー、変わったところではヤコブは4本、まれに6本の角を雌雄共に持つ品種がいます。角の役割はオスが発情したメスに大きな角を誇示したり、交尾権を得るためにオス同士で闘争したりするときに使うほか、稀に外敵に反撃するときに使う場合もあります。角は角質の鞘と骨の芯から構成され、シカのように脱落し生え変わることはありません。鞘の内側から毎年新しい鞘ができて古い鞘を押し上げるため角はだんだん長くなります。 - 口
草食獣の中には丈の長い草や先端を好む種と短い草を好む種がいます。ヒツジは短い草を食べますが、その秘密は上唇が縦に裂けていて左右別々に細かく動かすことができるためで、短い草や木の芽を選びだし、下顎の切歯(門歯)と上顎の歯床板(ししょうばん:上顎には切歯がなくその代わりに歯ぐきが厚く硬くなっている部分をさします)で挟んで噛み切ります。この短い草を食べる習性を利用して農家の方々は畑に放牧し、あるいは繋留して草取りと餌を兼用させるのみならず、糞は肥やしとして一石三鳥の役目をしています。 - 耳
大型草食獣にとって耳は外敵の接近と仲間とのコミュニケーションに視覚や嗅覚と共に必要な器官です。耳はコリデールのように耳が小さく立っている品種と、アフリカなどの暑い地方に多いのですが、耳が大きく垂れ下がっている種がいます。耳の大きな種は耳の血管温度を下げることによって体温調整をしています。 - 肢と蹄
偶蹄目(鯨偶蹄目)の名前が示す通り、蹄は2つに別れているために高山の岩場に蹄が密着して地に付くので安定した歩行ができます。蹄の間には趾間腺と呼ぶ分泌腺があって地面に匂いを残しながら歩き、後続のヒツジはこの分泌腺から出る匂いを頼りに歩いています。そのため山道は一直線の道となり、その道を人間も利用する場合もあります。 - 断尾とイヤータッグ
全てのヒツジを断尾するわけでありませんが、断尾する羊は生まれた翌日から生後2週間齢の間に行い、イヤータッグを付け、生年月日や個体ナンバーなど必要な情報を記しておきます。現在ではマイクロチップを埋めることもあります。一方、尾の役割は本来害虫を追い払うことが主な役割ですが、家畜となった毛用種や毛肉兼用種の多くは伸び続けると糞や尿が肛門付近に付着し不潔になります。そのため新生児で痛みに鈍感な間に断尾します。私たちが行ったコリデール種は尾の根元を縛ってからハサミでチョンと切って簡単に終わりました。
6.代表的な品種
群れで生活する習性を利用して世界各地で改良が進み現在は1,000種類以上の品種がいると考えられています。今回はその中から目的別に4種類紹介しましょう。
代表的な4品種の本格
この他にも、有名なアストラカンと呼ばれる革製品はウズベキスタン原産のカラクール種の子羊の毛皮です。また、野生の性質を残したセント・クロイ・ヘアーシープは換毛するため毛刈りの必要がなく、ヤギと似て細身で体重は50~60kgでペットにする人もいます。
最後にあまりなじみがないヒツジの品種を紹介しましょう。
代表的な4品種の体格
用途別 | 品種別 | 原産地 | 体重 | 角 | 毛量 | |||
オス kg | メス kg | オス | メス | オス kg | メス kg | |||
毛用種 | メリノー | スペイン | 70~80 | 70~80 | あり | なし | 7 | 4~6 |
肉用種 | サフォーク | イギリス | 100~130 | 80~100 | なし | なし | 2.5~4 | |
毛肉兼用種 | コリデール | ニュージーランド | 80~110 | 55~65 | なし | なし | 2~8 | |
毛肉兼用種 | ヤコブ | イギリス | 50~80 | 35~50 | あり | あり | 2~4 |
尻と尾に脂肪を貯める種類
中東と中央アジアの草原や高原で生活している遊牧民が現在も飼育している品種の1つで、尾や臀部に脂肪を蓄積する脂臀羊や脂尾羊と呼ばれる品種がいます。本種は野生のヒツジのアルガリを祖先に改良した種で、脂尾羊では尾が肥大し引きずって歩くほどになるため、乗せる小さな荷車を取りつけて歩かせています。この脂肪は柔らかくすぐに溶け消化も良いため火がない場合、生のまま食べることができます。遊牧民はこの脂肪を得るために手間のかかる方法で脂尾羊を飼うそうですが、ヒツジを殺さないでも脂肪の部位だけ取って使うこともできるので余計貴重なヒツジと言えましょう。また、中国西部の脂臀粗毛羊種は、臀部に脂肪を貯め込みその重量は7~11kgになるそうです。
このように人間は古くから都合の良いように品種改良を重ねてヒツジさんのお世話になっているのです。みんなで感謝しましょう!
主な参考文献
秋篠宮文仁・小宮輝之 (監修・著) | 日本の家畜・家禽 学研 2009. |
D.W. マクドナルド編 今泉吉典 監修 |
動物大百科4 大型草食獣ヤギ,ヒツジの仲間 平凡社 1986. |
D.M.ブルーム編 正田陽一 監修 |
動物大百科10 ヒツジ 平凡社 1987. |
F.E.ゾイナー(国分直一 木村信義 訳) | 家畜の歴史 法政大学出版部 1983. |
今泉吉典 (監修) | 世界哺乳類和名辞典 平凡社1988. |
今泉吉典 | ウシ科の分類 ヒツジ属 In世界の動物 分類と飼育7偶蹄目Ⅲ今泉吉典 (監修)(財)東京動物園協会 1988. |
大高成元 (写真)・川口幸男・中里竜二 | 十二支のひみつ 小学館 2006. |
P.D.ムーア編 小野勇一 監修 |
動物大百科18動物の生態平凡社 1987. |
坂田 隆 | 砂漠のラクダはなぜ太陽に向くか? 講談社 1991. |
正田陽一 | 美しい・善い家畜―羊 どうぶつと動物園 Vol.43No.4(財)東京動物園協会 1991. |
正田陽一 (監修) | 世界家畜図鑑 講談社 1987. |
正田陽一 (編著) | 家畜という名の動物たち(自然選書)中央公論社 1983. |