No.007 春 新入生の季節

動物エピソードペットコラム

小学校の評議員を委嘱され年に数回小学校に通うようになった。始業式や卒業式でちょっと緊張しているが元気いっぱいに振舞う新入生を見ていると思わず顔がほころぶ。人間はどうして学校に行くのだろうか、疑問に思う子もいるだろう。

動物たちは学校に行くことはないが、群れを作る種類、たとえばニホンザルなどでは、子どもたちが集まり遊んでいる間に体を鍛え群れのルールを学ぶ。この様子をサルの幼稚園と呼ぶ人もいる。群れを作らない動物は将来一人前になったときに食べ物が一人でとれ、外敵に殺されない方法を親から学ぶが、彼らは文字を使えないし、言葉も人間のような複雑な話し言葉ができない。
トラやカバが自分の子どもたちに、昔話をしたり、近所の動物たちの話をしたら怖いけどね。ところが人間は、言葉や文字が発達したおかげであらゆることを文字や言葉で学び、その結果現代のように複雑な社会を形成した。

私は講演会で「勉強がいやだとか、学校に行きたくないとか駄々をこねる輩はトラやカバと同じだ」と、のたまわっている。人間が動物と一番違うことは、学校に行って勉強することだ。そして学校における共同生活は将来社会生活を送るときの練習場なのだ。
なんて偉そうなことを言っている。

チーターの親子 – これから成長する間に大いなる試練が待っている。

さて、動物の親は、人間のように言葉で教えることができないので、子どもたちに見本を見せて食べられるものや、とり方、外敵からの逃げ方を教える。たとえば、猛獣の子どもたちは初めから他の動物を捕まえたり、殺したりできるわけではない。

子連れのチーターの母親は獲物を捕ってくると、子どもたちの前でまだ生きている獲物を放す。すると子どもたちは飛びかかるがすぐには殺すことができず、初めはじゃれあっていて、回を重ねるうちに殺し方を覚え、餌として認識するようになるのだ。

ヤマアラシをご存知と思うが、もしトラの子どもたちが彼らを見つけ簡単に殺せると思い、前足で攻撃したとしよう。ところがヤマアラシの棘はチョット触っただけでも簡単に抜けてしまい、相手の手に刺さってしまう。そして、恐ろしいことにその棘にはごく小さな逆向きの返しが一面についているので、一度相手に刺さったら簡単には抜くことができない。棘が抜けなく片手が使えなくなったトラは獲物を捕ることはできず死を待つばかりだ。こんな様子を見た動物たちは次からヤマアラシを捕らえようとするときは、棘に触らないように十分に注意するだろうし、無理と思えば殺すことを諦めるだろう。私たちもかつてヤマアラシを捕まえるとき板でケージに追い込んだら、猛然とバックしてきて板に体当たりをした。すると板には棘が突き刺さっていてびっくりした経験がある。

動物の世界は厳しく、失敗は死に直接結びつくケースが多い。強い肉食獣といえども指1本の怪我は死に繋がるのだ。

四月、新入生たちは期待に夢をふくらませ入学し、また新社会人は社会に出て、新しい旅が始まるのだ。
祝!人間の新入生諸君!

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