ドール属
本属は1種・ドールのみですが、生息域が広く地域によって10亜種に分類する学者もいます。ドールは鋭い犬歯と強い裂肉歯(上顎の第4前臼歯と下顎の第1臼歯)をもち、群れで生活し、獲物を集団で襲うため草食獣にとっては恐ろしい天敵となります。ミャンマーに行ったとき、ドールにはヒョウやゾウ、ガウルの子どもたちも狙われるので、その気配を察すると逃げる、と言っていました。
ドール
シベリア南部、カザフスタン東部からインド、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナム、チベット、中国、朝鮮、ロシア、マレー半島、スマトラ島、ジャワ島に生息しています。砂漠以外の広域に生息し、ロシアでは主に山岳地帯、インドでは密林や叢林、タイでは標高3000m級の高山、そしてチベットの標高1800~5800mの高山などに生息しています。パックと呼ばれる家族を中心とした群れは、通常5~12頭、まれに20~40頭の群れでくらします。パックがいくつか集まった集団をクランと呼びますが、40頭にもなる大きな集団はクランの可能性もあると指摘する報告もあります。巣は自分で掘るものから、ヤマアラシなど他の動物が使った穴、岩の割れ目などを利用します。調査した中には、少なくとも30mに及ぶ迷路のような穴があり、そこには4つの大きな部屋と6ヶ所の出入り口がある巣が発見されました。おもに早朝と夕方に活動しますが、時には夜間にも狩りをおこないます。南インドにおける調査例では行動圏は約40km²で、子育ての時期には約11km²と大幅に狭くなったと報告されています。鳴き声はコミュニケーションにおける重要な方法の一つで、狩りの出発や失敗したときに集合の合図に使いますが、イヌのように吠えることはしません。狩りは獲物の匂いを頼りに追跡し、追いつくと四方八方から攻撃します。彼らはトラ、ヒョウ、クマなどと食物の取り合いで競合し、彼らを追い払うことがあります。臭腺が指間と肛門部にあるため、排便や歩行するときの匂いから情報を得ることができます。
からだの特徴

こんな鋭い目つきでにらまれたら・・・おそろしや、ああ 恐ろしや、だね。写真家 大高成元氏 撮影
ドールは別名をアカオオカミと言われるように、背面が赤褐色をおびています。毛色は生息地により差がありますが、背面以外の部位では、胸と腹部および4肢の内側は淡褐色か黄白色、尾は黒く、その先が白くなることもあります。北方産の個体は冬季には下毛が密になり、上毛も長くなりますが、夏毛に換毛すると短く粗く冬毛のようにきれいな赤褐色にはなりません。耳の形は丸みを帯びて大きいことから、聴覚も発達していると考えられます。4肢はタイリクオオカミに比べ短く、前足の爪は4本で、口吻も短く、全体的にがっしりとしています。歯式は、門歯3/3犬歯が1/1前臼歯4/4、臼歯2/2で左右上下合わせて40本で、下顎の第3臼歯を欠いています。乳頭数6~8対です。
えさ
獲物は自分たちより大型の草食動物が多く、インドではアキシスジカが主な獲物です。その他、各地の報告によれば、サンバー、アキシスジカ、ヌマジカ、エルドジカ、ジャコウジカ、ニルガイ、マーコール、タール、ヤギ、スイギュウ、ガウル、アナグマ、ヨーロッパイノシシ、ネズミのなかまなどが報告されています。ガウルやスイギュウの場合は主に子どもが狙われます。そのほか小型の爬虫類、昆虫、漿果、ヒョウやトラの残した腐肉なども食べます。
繁殖
インドでの交尾期は9月から1月で、出産期は11月から3月です。飼育下のモスクワ動物園の場合、出産は2月でした。繁殖は優位なペアのみが行い、出産した母子には、パックのメンバーが狩りから帰ってくると、食べた獲物の肉を吐き戻して、巣に残っている母親と子どもに与えます。他にも、子どもの防衛、移動、なめる、他食べ物を運ぶなどで次の子どもができるまで育児に協力します。メスの発情期間は14~39日、妊娠期間は60~67日。産子数は通常4~6頭です。出産時の赤ちゃんの体重は、200~350g、赤ちゃんは黒っぽく生後14日齢で目が開き、生後3ヶ月齢で大人の毛色に変わります。生後3週齢から吐き戻された肉を食べ始めますが、授乳は生後2ヶ月齢頃まで続きます。生後70~80日齢で巣を出て、生後5ヶ月齢でパックのメンバーと一緒に行動し、生後8ヶ月齢頃になるころ本格的に狩りに参加します。性成熟は生後約1年です。
長寿記録はとしては、オーストラリアのタロンガ動物園で2000年10月20日に死亡した個体の16歳1ヶ月という記録があります。
外敵
野生での外敵は人間以外ほとんどいませんが、赤ちゃんが猛禽類に狙われることがあります。また、ヒョウの糞中にドールの毛が発見されたとの報告もあります。
データ
分類 | 食肉目 イヌ科 |
分布 | 西はカザフスタン東部、アフガニスタン、インド、北はアムール川およびウスリー川流域からモンゴル、中国、朝鮮半島、東南アジア一帯とスマトラ島、ジャワ島まで。 |
体長(頭胴長) | オス・メス 88~113cm |
体重 | オス 15~20kg メス 10~13kg |
尾長 | オス・メス 40~50cm |
肩高 | オス・メス 42~55cm |
絶滅危機の程度 | 生息環境の破壊による生息地の分断、餌となる草食動物の減少、イヌの伝染病に罹患、ハンターによる射殺、さらに、住民による毒殺が生息数減少の主要因とされています。 IUCN(国際自然保護連合)発行の2011年版のレッドリストでは、ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高い絶滅危惧種(EN)に指定されています。 ネパールのチタワン国立公園、インドのコーベット国立公園ではトラの保護区と重なるために、ドールの亜種の保護につながっています。 |
主な参考文献
Beacham, W. and Beetz, K.H.(ed) | Beacham’s Guide to International Endangered Species Vol.1 Beacham Publishing Corp., Florida. 1998 |
Cohen,J.A. | Mammalian Species No.100. Cuon alpinus. The American Society of Mammalogists 1978. |
今泉忠明 監修 | 世界の動物 分類と飼育2 食肉目 (財)東京動物園協会 1991 |
今泉忠明 | 野生イヌの百科 データハウス 1993 |
今泉吉典 監修 | 動物大百科 食肉類 平凡社 1986 |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.1, The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999 |
Parker,S.P.(ed) | Grzimek’s Encyclopedia of Mammals, Volume 2, McGrow-Hill PublishingCompany 1990. |
インターネット | 横浜動物園ズーラシア、他 |