シカ科
シカ科の仲間はウシ科に次いで種類が多く、今泉吉典博士はヘラジカ属を含め13属に分類しています。最大種はヘラジカで、体重が800kgを越える例も報告されていますが、最少種のプーズー(南米に住む小型のシカ。角は枝分かれしません)は体重が6~8kgしかありません。臼歯は短く、上顎の犬歯は種によってはなく、下顎の犬歯は門歯と同じ形で門歯に接しています。多くの種でオスは枝分かれした角(枝角、トナカイは例外的にメスにも角がある)を持ち、発情期が終わると落角してその後再び生えてきます。原始的な種と考えられているキバノロとジャコウジカは、オスに角がなく、代わりに上顎の犬歯が発達して牙となり武器にもなります。
側蹄(第2、5指の蹄)はふつう地につきません。中手骨と中足骨がある点はマメジカ科に似ていますが一部分は退化してなくなっています。多くは眼下腺があり、涙骨に涙孔が2個あります。ジャコウジカ以外は胆嚢がありません。
ヘラジカ
生息地が以下の二つのグループに分かれるので、それぞれ別種扱いにする学者もいますが、ここでは今泉先生の説に従い同一種とします。
- ヨーロッパ北部からシベリア西部(エニセイ川まで)
- シベリア東部(エニセイ川より東部)、アジアのモンゴル、中国東北部、北アメリカ北部のカナダ、アラスカ、アメリカ合衆国の北東部、ワイオミング州
生活圏は毎年雪におおわれる北向きの森林で湿度が高く、針葉樹林や広葉落葉樹のヤナギ、ポプラの樹木が多い北方気候を好みます。夏はアルタイ山脈の標高1,700mの高地やアラスカのツンドラなど気温が14℃~15℃以上上昇しない地域で過ごします。やがて晩秋になり、雪が降り始めると山を降りて低地に向かい、春、暖かくなると今度は高地への移動が始まります。移動するときは通常時速10~30kmですが、時速56~60kmで走ることができ、移動距離は北米で200km以上、シベリアでは300~500kmに及びます。行動圏は季節ごとに利用する先では2.2~16.9km²ですが、年間を通じればさらに広くなります。また、移動しない個体は2~90km²という報告もあります。冬季は日中も活動しますが、ピークは朝夕の薄暮の時間帯です。なわばりは交尾期に一時的にできますがふつうはありません。繁殖期になると単独生活をしていたオスたちも集まり、その中で優位になったオスは複数のメスとハーレムを形成します。交尾期以外のオスとハーレムを築けないオスは単独で過ごします。子どもは母親に次の子が産まれると追い出されます。五感の中で視力は良くありませんが、見通しの悪い森林では視力はそれほど役立たないためと考えられます。代わりに聴力と嗅覚が優れています。ヘラジカの名前を表す幅広の角は音の集音に役立っていると考えられ、大きな耳の補助機関として働いています。音声によるコミュニケーションは、発情期のオスはしわがれたガーガーという声を発しながら集まり、母と子の間ではブタのようにブーブーと鳴きます。嗅覚は発達しており、とりわけ交尾期には肢の分泌腺や角を木にこすり付けて匂いつけをします。泳ぐのも上手で、湖や川で採食するために潜る姿も観察されています。
体の特徴
- 体長 240~300cm
- 肩高 185~210cm
- 尾長 12~16cm
- 体重 280~600kg
シカの仲間で一番大型の種類で、オスの体重が825kgの記録があります。短い頸に大きな頭部、肩は筋肉で盛り上がり、喉には50cmにもなる肉垂れがあってベルと呼ばれています。上唇はラクダと同じように垂れ下がり、鼻鏡は非常に小さく無毛です。冬季のマントのような上毛は長さが約25cmあり、下毛はウールのように柔らく冬の寒さに対応できます。四肢は長く側蹄が大きいことで湿地帯や湖、雪の上を歩くときに足が埋もれないようになっています。高い背は木の若芽を採食するときに有利です。また夏季に水草を餌にするときに長い顔を水中に入れて水草を採ります。大きな角は12月頃落角し、4月頃には新しい袋角が成長をはじめ、8月から9月には立派な角になります。角の形状ははじめ後方に伸び、次に前後2又に分かれ、さらにそれぞれ分岐しています。多くの種類の角は棒状ですが、ヘラジカの場合、名前の示す通りヘラのように平らに幅広の角を形成して、7~11歳で完全な大きさになります。ヨーロッパのヘラジカの角は広げた間隔が平均105cm、重量10kg、(最大記録・145cm、18.5~20kg)、アラスカでは平均145cm、重量20kg、(最大記録・205cm、30~35.8kg)が報告されています。体色は夏季の方が濃くなり、上部は黒から黒褐色、赤褐色、灰褐色で、腹部は明るくなり、冬季はより灰色の度合いが増します。眼下腺及び中足腺があります。寒帯で生活するので外気を大きな鼻に入れて鼻腔内で温めて取り込んでいます。
歯式は、門歯0/3、犬歯0/1、前臼歯3/3、臼歯3/3で合計32本です。乳頭は会陰部に2対あります。
えさ
生息環境の森林が針葉樹林、広葉樹林の潅木なのでこれらに依存しています。夏季と冬季では採食する植物の種類も異なり、夏季はシラカバ(カバノキ科カバノキ属)、ハンノキ(カバノキ科ハンノキ属)、ヤナギ(ヤナギ科ヤナギ属)その他の低木などの新芽、葉のほかに背の高い草と川や湖に生えている水草や底に生えている草の根も食べます。冬季は小枝や樹皮、雪の下に埋もれているコケや地衣類も大きな蹄でかき分けて採食します。アラスカのキナイ半島では冬季にはコケモモ(ツツジ科スノキ属)のような地上の植物を多く採食します。USSR(旧ソ連)での調査によれば355種類がリストアップされていますが、この中で主食として利用している種類はわずかに40種と報告されています。成獣は1日10~30kgの植物が必要ですが、採食量は生息地と季節により差があります。
帯広動物園では餌にヤナギを与えていますが好んで食べ、ほかにニンジン、リンゴ、ジャガイモ、乾草などの植物の他、カルシウムや鉄分などのビタミン剤も与えている、と報告しています。
繁殖
交尾期は9~10月、ピークは9月下旬から10月初旬です。メスの発情周期は20~28日(平均24日)で7~12日間続き、この間にオスを受け入れる期間はふつう24時間(15~26時間)以内です。オスはツンドラ地帯では単独で生活していますが9~10月の交尾期になると三々五々集まってきます。集まったオスたちは角を見せ合い、あるいは角を突き合わせて優位になったオスは複数のメスとハーレムを形成します。発情したオスは大きな鳴き声を出しメスを誘い、角を木に叩きつけたり擦りつけたりするほか、肢で地面を掘ってくぼみを作り、排尿し、転げまわったり、おびただしく涎を流したりします。発情したメスはオスが掘ったくぼみや印をつけた穴に近づき、ハーレムのオスと交尾をします。
妊娠期間はスウェーデンでは226~244日(平均234日)、北米では240~246日で若干の差があります。出産時期は翌年の5月下旬から6月初旬です。ふつう1産1子ですが、2子の割合は1978年の報告によれば地域により幅があり11~33%でした。3子の例はまれですが、アラスカのキナイ半島で報告されています。新生児の体重はヨーロッパで10~12kg、アラスカ州で14~18kgで、通常11~16kgです。新生児の体色は赤褐色で斑点はなく、胸部、4肢、下腹部は灰色から黒く、鼻、蹄、目の周り、耳も黒っぽい色です。母親は出産後5~7日間は、子どもから50m以内にいます。授乳回数は出産当日で7~9回、50日齢まで1日4回です。2~3週齢で固形物を採食し、生後1ヶ月齢で餌となる植物の大半の種類を採食します。授乳期間は生後5ヶ月齢迄続き、成長は早く生後5ヶ月まで体重は1日あたり約1kg増加します。1歳まで母親と一緒に過ごし、次の子が生まれると追い払われます。最もよく繁殖する年齢は4~12歳ですが、18歳での出産記録もあります。体重の増加はオスの場合8歳まで続きます。寿命はふつう16~19歳ですが、オス・21歳、メス・25歳の記録の他、飼育下の長寿記録で27歳の報告があります。
外敵
外敵としては、生息地の大型の肉食獣やクマのような雑食獣が挙げられます。アラスカ州のキナイ半島でアメリカクロクマにラジオテレメトリ―を付けた調査によれば、初夏にヘラジカの子どもの34%が殺されましたが、ヒグマとオオカミに殺された割合はいずれも6.4%(1979年の報告)でした。キナイ半島ではヒグマが一番の外敵ではありませんでしたが、他の地域ではヒグマは主要な外敵でヘラジカの雌雄や年齢を問わず殺していました。地域によって外敵となる動物の種は違い、トラ、ピューマ、クズリなどがあげられています。
絶滅危機の程度
IUCN(国際自然保護連合)発行の2015年版のレッドリストでは、LC(軽度懸念)に指定されて、近い将来絶滅に瀕する見込みが低い種となっています。またワシントン条約では規制されていませんが、家畜伝染病予防法でBSE(牛海面状脳症)などの検疫の規制対象動物のため輸入できません。
データ
分類 | 偶蹄目(クジラ偶蹄目) シカ科 ヘラジカ属 |
分布 | ヨーロッパ北部、シベリア東部、及びアジア北部(モンゴル、中国東北部)、カナダ、アラスカ、アメリカ合衆国の北東部 |
体長(頭胴長) | オス 250~300cm メス 240~290cm |
体重 | オス 300~600kg(最大825kgの記録あり) メス 280~460kg |
体高(肩高) | オス 190~210cm メス 185~200cm |
尾長 | 12~16cm |
主な参考文献
今泉吉典 (監修) | 世界哺乳類和名辞典 平凡社 1988. |
D.A.マクドナルド編 今泉吉典(監修) |
動物大百科 4 大型草食獣 G.E.ベロフスキー著 ヘラジカの採食行動 平凡社 1986. |
今泉吉典 | シカの分類 In世界の動物 分類と飼育 偶蹄目=Ⅰ (財)東京動物園協会 1977. |
Franzmann, A .W. | Mammalian Species. No.154, Alces alces. The American Society of Mammalogists. 1981. |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.Ⅱ The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999. |
Parker,S.P.(ed) | Grzimek’s Encyclopedia of Mammals, Volume 2. McGrow-Hill Publishing Company 1990. |
Wilson, D. E. & Mittermeier, R. A.(ed) | Handbook of The Mammals of The World. 2. Hoofed Mammals, Lynx Edicions 2011. |
浦野明央 | 第9回 哺乳類の移動と回遊 (ネット) http://www.press.tokai.ac.jp/webtokai/kaiyuwatarikisou09.pdf |