シカ科
トナカイ
ヨーロッパ、アジア、北アメリカの寒帯に分布し、高地の樹木限界線近くの草原、開けたタイガ(高緯度地域の針葉樹林帯)、ツンドラの標高2,700~3,000mまで生息し、最低温度はマイナス50~60℃、積雪は60~80cmある地域にも耐えることができます。
トナカイはトナカイ属に属する唯一の種ですが、広範囲に生息しており、生活圏によって体形や食性、生活などに差異があり生息地ごとに8~10亜種に分類する学者もいます。
今泉吉典博士は生息地の特徴から9亜種とし、以下の2つの大きなグループに分けています。
- シンリントナカイ(3亜種を含む)
シンリントナカイはカナダ中部に多く生息していますが、その他に、フィンランド、ロシア、シベリア中南部、カムチャッカ半島南部、サハリン中部、アムールバイカル湖南端まで、ニューファンドランド・クインシャーロット島などに広く分布しています。森林地帯の湖や川が多い針葉樹林帯に生息し、1年中森林内に留まるものや、春と夏は涼しい山頂や海岸まで50~100kmの距離を移動するものもありますが、ツンドラトナカイのような長距離の季節的な移動はしません。 - ツンドラトナカイ(6亜種を含む)
ノルウェー北部からシベリア北部、ノバヤゼムリヤ・スッピツベルゲン・ノボシビルスキエ諸島、アラスカ、カナダ北部、北極海諸島、グリーンランド西海岸に分布し、季節的に群れで移動しています。基本的な社会単位は、メスと子どもの家族グループで、オスたちは小さいバンド(群れ)を作ります。冬の間は雪の少ない針葉樹の森林の端で10数頭の小さな群れで過ごしています。春になるとこれらの小群が集まって50,000~500,000頭の大群を形成し北上を始め、餌の豊富なツンドラをめざします。群れの先頭は妊娠中のメスが多く、雪解けの数週間前までにきまった出産場所に到達します。夏季には北シベリアとアラスカ北岸諸島の広い低地のツンドラに集まり、ここで出産をし、雪どけ後に出た青草を十分に採食します。そして秋には再び春とほぼ同じルートを南下し、雪の少ない森林の北端にやってきてシンリントナカイの生息地に入りますが、シンリントナカイはさらに奥地に入るので出会うことはほとんどありません。主に昼間活動し、ほとんど一定の速さで最高時速60~80kmで移動し、時速11kmで泳いだ報告もあります。移動距離はタイミル半島(シベリア北部)では1,000~2,000km、ヤクート(シベリア北東部)では600~700km、1989年の1年間にアラスカとカナダのユーコン準州を5,055km移動したと報告されています。
トナカイが季節的な移動をする主な要因として以下の3点を挙げる学者もいます。-
- 大量発生する吸血双翅類(蚊,ハエほか)から逃れるため。
- 寒さに適応した体は暑さには弱いので、夏は気温の低い地方で過ごす。
- ツンドラの餌の方が栄養分に富んでいる。
ツンドラで生活している間の方が森林で生活する間より栄養状態がよい。
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ヴィエールトナカイについて

まだ袋角ですが、太くてがっしりとした角ですね。メスは立派な角を持つオスに魅了されるようです。写真家 大高成元氏撮影
ヨーロッパに生息するトナカイの中には4肢が短く高緯度北極に生息するグループがいます。このなかまはヴィエールトナカイと呼び、シンリン型とツンドラ型の中間のような体形をしていることから別に区分する学者がいます。
体の特徴
- 体長 120~220cm
- 肩高 87~150cm
- 尾長 7~20cm
- 体重 60~318kg
トナカイは耳が小さくてまるく、首は長く喉には長い毛が生えています。寒さに対応するため、体毛は長さ2.5~2.8cmで上毛と下毛の2重になり、上毛は硬く、下毛は羊毛のように柔らかく、鼻鏡まで毛が生えています。体の色はさまざまですが、最も一般的な色は夏毛は褐色から黒褐色ですが、冬毛は長く白っぽくなります。蹄はまるくて幅が広く、側蹄は大きくて軟らかい沼地や雪の上を歩くのに対応しています。体は生息地により小型から大型までさまざまです。
シカ科のなかでは唯一オスだけでなく、多くのメスにも角があります。角は目の後方から生え、たいてい左右が不相称です。一番下の枝(眉枝)は頭の上に垂れ下がり、ふつう手のひらのように扁平です。落角の時期はオスとメスで異なり、オスは交尾時期が終わる秋から冬にかけて落角し、6月中旬に袋角が生え9月には角化します。メスは初夏出産後に落角し、6月初旬に袋角が生えはじめ、9月下旬には袋角の皮がむけて角化が終わります。大きな角を持ったオスは交尾の優先権があります。角が落ちたオスはメスより弱くなるため、育児中にオスから攻撃されることはありません。オスの角は長さが90~120cm、最大級で140~150cmですが、メスは30~45cmしかありません。体重が230~240kgオスの場合、角の重量は15kgになります。
換毛は春先から初夏にかけて夏毛に換毛し、9月から12月初旬に冬毛になります。多摩動物公園で飼育していた記録によれば、オスはメスよりはやく、2月初旬から5月中旬にかけて夏毛となり、メスは約1ヶ月遅れて3月初旬から6月下旬頃に換毛したと報告されています。
眼下腺と蹄間腺の分泌腺があり、発情期に匂いつけをします。視力は弱いようですが聴力と嗅覚は優れており、餌や外敵を臭いで識別できます。
臼歯は生後4~26ヶ月齢で萌芽します。歯式は、門歯0/3、犬歯1/1、前臼歯3/3、臼歯3/3で合計34本ですが、亜種によっては上の犬歯がありません。
乳頭は下腹部に2対あります。
シンリントナカイ
体は大型で四肢が長く、体毛はふつう暗いチョコレート褐色で、頬は白色です。角は暗褐色で主軸は扁平で、円筒形のツンドラトナカイと違います。ふつう基部から2番目の枝角は後方に向かって伸びます。メスの30~40%には角がありません。
ツンドラトナカイ
体は小形かあるいは中型で、四肢は短く、毛は長く軟らかで頬と四肢は淡い色をしていて首は白色です。角はオスだけではなくメスにもあり、淡褐色ないしは黄白色で、主軸は円筒形です。左右の大きさが違い、左側が大きく扁平になる傾向があります。
えさ
えさは四季により変化し、春はいろいろな植物の新芽、夏は青々としたスゲやワタスゲ(いずれもカヤツリグサ科の多年草)、ヤナギ(ヤナギ科ヤナギ属)カバノキ(カバノキ科カバノキ属)の青葉、秋は地衣類、キノコ、常緑樹の葉、そして冬になると小枝や雪の下にある地衣類がえさの中心になります。
トナカイの生息地には厚さ1mぐらいの地衣類が一面に広がっていて、特に他のえさが乏しくなる冬には貴重なえさとなりますが、雪の下にあるので豪雪地帯では前足の蹄で1m近く雪を掘りおこし採食しています。
えさとして利用されるその他の植物としてはツツジ科のツルコケモモ、イネ科のナガハグサ、キンポウゲ科のキンポウゲなどがあります。
草食動物の中で最も肉食傾向が強いとされるトナカイは小魚、レミング、鳥類の卵を採食します。またアヒル、ガチョウ、オオライチョウの糞を採食し、尿を飲むことも知られています。これらの珍しい習性は窒素化合物の不足を補うためとの説もあります。飲み水を雪に依存する割合が高いので、塩分が不足するために海岸に出て海草を食べ、海水を飲み、潮泡(しおあわ、海水のあわ)を舐めます。ツンドラトナカイはシンリントナカイよりも肉食が多く見られると言われています。
繁殖
発情期は9月~10月で、発情周期は10~24日です。この間の12~24時間にオスを受け入れます。ツンドラのオスは5~15頭のメスのハーレムを築き、できる限り多くのメスと交尾しようとするため、体重が20~25%減少します。10月に交尾し、妊娠期間は221~237日です。出産は5月から6月の初夏で、群れの先頭を移動してきたメスたちは一斉に出産し、3週間後に遅れて来たメスたちと合流し、餌が豊富な場所に移動します。産子数はふつう1産1子ですが、双子の例もまれに報告されています。出産時の子どもの体重は4~9kgです。生まれたばかりの子どもには斑点がありません。生後1時間で、母親の後をついて歩きます。乳成分は、水分64.7%、蛋白質10.3%、脂肪22.5%、炭水化物2.5%で栄養価の高い乳を飲んで子どもは急成長します。ちなみにウシの乳成分は水分88.5%、蛋白質3.2%,脂肪3.7%.淡水化物4.6%, ウマでは水分90.3%蛋白質2.1%,脂肪1.3%.炭水化物6.3%です。1年後には親とほぼ同じ体格になります。通常は生後17~41ヶ月齢の間に性成熟に達しますが、環境にめぐまれた生息地では6ヶ月齢ぐらいで発情するメスもいます。多くのメスは生後28~29ヶ月齢で初めて妊娠します。ツンドラトナカイはシンリントナカイよりも繁殖時期が遅いと言われています。
多摩動物公園における繁殖記録(1968年)によれば「オスは7月頃からフレーメンが始まり、10月中旬になると、角を木に擦りつけ、口をパクパクさせたり、うなり声を出したりしながら飼育員にも攻撃する気配がみせ、11月18日には交尾を確認。メスは4月に下腹部の毛の中に乳首が見えはじめ、4月下旬には乳房が肥大し、5月15日に出産した。生まれた子どもは生後約1時間で起立、2~3時間後に歩行、1週間で4肢がしっかりしてこの頃になると固形物のパン、モヤシ、キャベツを採食。生後17日齢では柔らかい青草を採食。授乳は生後29日齢以降観察されず。生後34日齢でサツマイモ、ニンジンも採食。生後29日齢で角坐がこぶ状に出る。生後34日齢で袋角が出始めた」と報告されています。
野生での平均寿命は4.5歳、最高寿命15歳という報告があります。飼育下の長寿記録としては、シカゴのブルックフィールド動物園で1956年11月15日から1978年7月28日まで飼育された個体(メス)の飼育期間21年8ヶ月という記録があります。
外敵
群れで攻撃してくるオオカミはトナカイにとって最も恐ろしい外敵となります。クズリはイタチ科の最大種で、成獣の体重は20~30kgですが、大きな掌で森林の雪の中上を軽々と舞うように動き、トナカイを捕らえます。中国黒竜江の北部のトラはトナカイを餌にしていたとの報告もあります。この他、リンクスやヒグマ、アメリカクロクマ等大型の肉食獣はすべて外敵となりますが、多くは若い個体や傷病個体を狙います。
絶滅危機の程度
IUCN(国際自然保護連合)発行の2015年版のレッドリストでは軽度懸念(LC)に挙げられていますが、トナカイの個体数がこれ以上減少しないようにさらに監視し、保護する必要があります。
またワシントン条約では現在は規制されていません。
データ
分類 | 偶蹄目(クジラ偶蹄目)シカ科 トナカイ属 |
分布 | ヨーロッパ、アジア、北アメリカの寒帯 |
体長(頭胴長) | 120~220cm |
体重 | 60~318kg |
体高(肩高) | 87~140cm |
尾長 | 7~20cm |
主な参考文献
今泉吉典 (監修) | 世界哺乳類和名辞典 平凡社 1988. |
G.E.ベロフスキー(D.A.マクドナルド編) 今泉吉典 (監修) |
動物大百科 4 大型草食獣 シカ 平凡社 1986. |
今泉吉典 | シカの分類 In世界の動物 分類と飼育 偶蹄目=Ⅰ (財)東京動物園協会 1977. |
F.E.ゾイナー (国分直一、木村伸義 訳) | トナカイ In家畜の歴史 法政大学出版部 1983. |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.Ⅱ The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999. |
Parker,S.P.(ed) | Grzimek’s Encyclopedia of Mammals, Volume 2. McGrow-Hill Publishing Company 1990. |
Flindt, R. (浜本哲郎訳) | 数値でみる生物学 シュプリンガー・ジャパン株式会社2007. |
Wilson, D. E. & Mittermeier, R. A.(ed) | Handbook of The Mammals of The World. 2. Hoofed Mammals, Lynx Edicions 2011. |
山下輝光 | トナカイの繁殖と飼育 In世界の動物 分類と飼育 偶蹄目=Ⅰ (財)東京動物園協会 1977. |