カバ科
コビトカバ
コビトカバ属は本種1種のみです。別名「リベリアカバ」とも呼ばれてリベリアに最も多く住んでいますが、他にもギニア、コートジボワール、シエラレオネに分布しています。熱帯雨林の低地で木々が生い茂った湖沼や川辺近くの湿潤な場所に住んでいます。一日の大半は行動圏の中にある数ヶ所の決まった場所で休息して過ごします。活動時間帯はおもに夕方から夜間で、深い茂みの中にあるトンネルのような道や湿地帯にある堀を利用して移動します。隠れる場所としては、川岸にある他の動物が使ったほら穴やくぼ地が利用されます。危険を感じた時は水中に逃げます。行動圏はメスが0.4~0.6km²、オスは1.65~1.85km²で、オスの行動圏の中には複数のメスの行動圏が含まれています。そのため一夫多妻の可能性もあると推測する学者もいます。コビトカバはふつう単独生活で、成獣はお互いに接触を避け、交尾期にのみ一時的に出会います。そして争うような縄張りはもたないとの報告もあります。カバよりも陸上生活に適応していて、日中も水中に入り続けることはなく、皮膚を乾燥から保護するために川の土手などの湿った場所を複数もち、時々居場所を変えています。コミュニケーションは、雌雄共に掛け糞をするので排泄物で情報を得ていると考えられます。
体の特徴
- 体長(頭胴長) 150~175cm
- 尾長 約20cm
- 体高(肩高) 75~100cm
- 体重 160~270kg

この写真を見ると、カバの子どもと見まちがえるかもしれませんが、これでも立派なコビトカバの成獣です。体重はカバの十分の一くらいです。写真家 大高成元氏撮影
一見するとカバの子どものように見えますが、成獣の大きさはカバのおよそ十分の一です。頸部が長く頭部を少し下げると大きなカーブを描くように地面に鼻面が届きます。頭部は丸く、カバのように広く平らではありません。先端に大きく丸い鼻孔がななめ前向きに開口しています。目は突き出てはいないで少しへこんでいます。カバやワニの頭部は、水面に没したときに耳、目、鼻が横一線に出て、鼻で呼吸し目で見て耳で聞くことができます。コビトカバは顔の三分の一を水面に出さないと鼻で呼吸することや見ることが一緒にできません。カバの祖先はコビトカバと同じような形態をしていたと考えられていることから、コビトカバはカバの祖先系と考えられています。体毛は唇と尾の先端にまばらに生えていますが、他にはありません。体色は背中が灰黒色、両側はさらに灰色が強く、腹部は灰白色から黄緑色です。皮膚の特徴として、表皮の角質層が薄く毛細管の役割をしており、水分を外に逃がしてしまうことが挙げられます。乾燥した空気中ならば人間の3~5倍も水分の消失率が高いようです。表皮の毛孔から浸出する液体は透明でなめらかで皮膚に潤いを与えています。その色は明るい光の下で赤く反射します。この分泌物は、納豆の粘りと似ているが乾くと黒い岩のり状になる、との表現もあります。
4肢の指は4本です。カバはそれぞれしっかりした指で体重を支え、中央の2本の指の間に被膜があり水かきの役割を果たしています。一方コビトカバの側指(人さし指と小指)は小さく、体重を支える役割を果たしていません。指の間の被膜もわずかにある程度でカバのようにはうまく泳ぐことができず、水辺のぬかるみでは足がめり込んでしまいます。そのため祖先はイノシシに似た動物と推測されています。歯式は、門歯2/1、犬歯1/1、前臼歯4/4、臼歯3/3で合計34本です。下顎の門歯は、カバは2対ありますがコビトカバは1対です。生後8時間経った時に口に手を入れてみたところ、上顎に2本、下顎に4本の歯が萌芽し始めているのが確認されています。外見上、コビトカバはカバより一層口を大きく開くことができるとの報告もあります。乳頭数は1対で、後肢の間にあります。
えさ
野生での食性については詳しい報告がありませんが、木の芽、葉、水生植物、草、落ちた果実、茎や根などを食べていると推測されています。厚い唇は餌を引きさいたり、引き抜くときに使います。
動物園では、牧乾草、草食獣用ペレット、ヘイキューブ、おから、キャベツ、他にもバナナなどをあたえています。
繁殖
繁殖期は決まっていません。発情周期は27~30日間隔で発情は2~3日続きます。発情中、雌雄は一緒にいて交尾は水中と陸上の両方で確認されています。妊娠期間は184~204日です。1産1子で稀に双子が生まれます。オーストラリアのメルボルン動物園でオスの双子が生まれていますが、1頭はすぐに死亡し、1頭のみ母親が見ていたそうです。この記事は1982年のものですが、当時世界で4組目の双子だったそうです。出産直後の体重は3.4~6.4kgです。体重について、飼育下の測定記録では生後9日齢で11kg。12日齢で11.5kg、30日齢で20kg、100日齢で42kg、15ヶ月齢で132.5kgの報告があります。哺乳は1日4~5回で、カバの授乳は水中ですが、コビトカバは陸上で親が横臥して授乳します。子どものうちは母親の臀部で休憩していますが、そのうち頭部の方に移動します。生後100日齢で哺乳回数が減って、105日齢で哺乳が見られなくなりました。ふつうは生後6~8ヶ月齢で離乳をします。生後2日齢で母親の便を口に入れた報告もあり、生後早いころから固形物も少しずつ食べ始めているのかもしれません。ふつうは6~8ヶ月齢で完全に離乳をします。動物園では生後26日齢でオカラを食べ、100日齢ころ母親と同じ餌を食べるようになりました。生後6ヶ月齢で親と別居させました。ふつう子どもは出産後すぐに泳げるという記録もありますが、以前上野動物園で生まれた子どもは、生後1週間は親子共に水に入ろうとしないため、うしろから追って水に入れたところ、子どもはブクブク沈んでしまい、あわてて掬い上げました。この個体は生後10日齢ころから徐々にプールに入りはじめて、数日で泳げるようになりました。一方、近年繁殖した親子を観察していると、出産した日から、新生児は母親の後からプールに入り、おぼれそうになると母親が下から鼻で押し上げて慣らせたそうです。イルカもまた、生まれたばかりの子どもは泳げず母親が下から押し上げて泳ぐのを助けることがわかっています。雌雄共に3~5歳で性成熟します。
コビトカバは2013年12月31日現在、133の施設で353頭飼育されていますが、その性別はオス136頭、メスが207頭、不明10頭となっていて、飼育下ではオスの方が少ない傾向は現在も続いていて、オスは貴重な存在となっています。
野生での寿命は明らかになっていませんが、動物園で飼育しているコビトカバは30~40年と推測されます。飼育下の長寿記録では、オーストラリアのパース動物園で1937年12月7日から1980年4月10まで飼育された個体(メス)の飼育期間42年4ヶ月、アメリカのワシントン国立動物園で1947年3月5日に生まれ、1988年11月16日に死亡した個体(メス)の41歳8ヶ月という記録があります。
現在、日本では4園館(上野動物園、東山動物園、石川動物園、アドベンチャーワールド)で9頭を飼育しています。
外敵
人間以外の外敵としては、成獣はヒョウやナイルワニ、幼獣ではこれらの他にアフリカゴールデンキャット、アフリカジャコウネコ、アフリカニシキヘビがいます。
データ
分類 | 偶蹄目(クジラ偶蹄目)カバ科 カバ属 コビトカバ(リベリアカバ) |
分布 | アフリカの西部(リベリア、ギニア、シエラレオネ、ガーナ、コートジボワール)ナイジェリア(絶滅?) |
体長(頭胴長) | 150~175cm |
体重 | 160~270kg |
体高(肩高) | 75~100cm |
尾長 | 約20cm |
主な減少原因 絶滅危機の程度 |
アフリカに生息する他の動物と同様に、戦争の勃発で生息地が荒らされると共に、農地に転用するための大規模な森林伐採で、生息地が失われ、かつ分断されていることが大きな減少原因です。これは広範囲に生息していた個体同士の出会う機会を奪うことになるため近親交配の悪影響も懸念されています。その他、肉がイノシシに似て美味と言われ、食肉用に狩猟されています。 コビトカバは現在国際自然保護連合(IUCN)の保存状況評価によって、絶滅の恐れが非常に高いとして、2014年版のレッドリストでは絶滅危惧種(EN)に指定されています。また、ワシントン条約では付属書Ⅱに掲載され、商業取引には輸出国の許可証が必要など一定の制限があります。1990年代はじめの生息数は3,000頭以下と報告されていますが、その後も生息数は減少しているものと推測されます。 |
コビトカバの発見について | 現地ではそれまでもコビトカバの存在は噂されていましたが、学会に認められたのは1849年のことでこの時に学名がつけられました。生きた個体が実際に動物園に入ったのは1873年でイギリスのアイルランド動物園が最初でしたが、搬入後わずか5分足らずで死亡しました。その後、ドイツの動物商カール・ハーゲンベックが動物コレクターのハンス・ションブルグの支援を受けながら1910年から捜索を行い、1912年に生きた個体5頭の捕獲に成功し、ドイツのシュテリンゲン動物園で飼育されました。この5頭のうち2頭がニューヨークのブロンクス動物園、1頭がロンドン動物園に移動し、そこで順調に飼育されたということです。1963年の公式記録によれば世界中の31園で80頭が飼育されていました。日本には1960年(昭和35年)にメス1頭、翌年オス1頭が搬入され、1962年(昭和37年)4月には繁殖に成功しています。
コビトカバはジャイアントパンダ、オカピと共に世界三大珍獣と呼ばれ、動物関係者ならば一度は見たい動物でした。しかし、その姿はカバの子どものような姿で何とも地味な印象でした。 |
主な参考文献
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D.A.マクドナルド編 今泉吉典(監修) |
動物大百科 4 大型草食獣 R.A.ペルー著 カバ 平凡社 1986. |
今泉吉典 (監修) | 世界哺乳類和名辞典 平凡社 1988. |
今泉吉典 | カバの分類 In世界の動物 分類と飼育 偶蹄目=Ⅰ (財)東京動物園協会 1977. |
藤本卓也 | コビトカバの誕生 どうぶつと動物園 Vol.54 No.9, (財)東京動物園協会 2002. |
M.ジョーンズ | コビトカバの戸籍しらべ どうぶつと動物園 Vol. 18 No.3. (財)東京動物園協会 1996. |
中里竜二 | コビトカバの双子誕生 どうぶつと動物園 Vol.34 No.8 (財)東京動物園協会 1982. |
西山登志雄 | コビトカバ(動物園教室) どうぶつと動物園 Vol. 22 No.8 (財)東京動物園協会 1970. |
西山登志雄 | コビトカバの誕生 In世界の動物 分類と飼育 偶蹄目=Ⅰ (財)東京動物園協会 1977. |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.Ⅱ The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999. |
Parker,S.P.(ed) | Grzimek’s Encyclopedia of Mammals, Volume 2, McGrow-Hill Publishing Company 1990. |
Wilson, D. E. & Mittermeier, R. A.(ed) | Handbook of The Mammals of The World. 2. Hoofed Mammals, Lynx Edicions 2011. |
高島春雄 | 動物発見記 どうぶつと動物園 Vol.14 No.7 (財)東京動物園協会 1962. |