奇蹄目
ウマ、シマウマ、ロバ、バク、サイのように奇数本の指の先端に蹄を持ち、体重を支える中心軸が第3指(中指)を通っている動物のグループを奇蹄目と呼びます。ウマ類は前肢、後肢ともに1本、サイでは3本、バクの場合は例外的に前肢に4本、後肢に3本の蹄を持っています。しかし、4本の場合もよく発達した第3指を肢軸が通っていて奇蹄目の特徴を示しています。
奇蹄目の起源は約5,500万年前の始新世初期にさかのぼりますが、進化の上で頂点に達したのは約3,500万前の斬新世初期で、この頃には絶滅した科を含めて16科もありました。しかし、その後は衰退に向かい現在ではウマ科、バク科、サイ科の3科だけが残っています。
ウマ科の分類
ウマ科はウマ属のみで、総種類数は家畜種を含めて11種です。ウマ属はさらに5亜属:①シマウマ亜属 ②グレービーシマウマ亜属 ③ロバ亜属 ④アジアノロバ亜属 ⑤ウマ亜属に分類されます。
ロバ亜属は野生種としてはアフリカノロバ1種で、以下の3亜種に分類されています。
亜種
- ヌビアノロバ 絶滅の可能性があります。
- ソマリノロバ 少数が生存しています。
- キタアフリカノロバ アトラス山脈南側に生息していたのですが、3~4世紀に絶滅しました。
アフリカノロバ
耳は特に長く先端は尖っています。尾の先端には黒い房毛があります。蹄はウマの仲間で最も幅が狭く長くなり、スピードより頑丈さを重視した作りになっています。蹄が固いので飼育下では年に2回の削蹄が必要です。「たこ」(夜目:よめ、附蝉(ふぜん)ともいう)は前肢だけにあります。
アフリカノロバはアフリカ北東部のエチオピア、エリトリア、ソマリアに分布、起伏のある岩石砂漠に生息しています。体長(頭胴長)195~205cm、体高(肩高)110~140cm、尾長40~45cm、体重270~280kgです。メスはオスより一回り小型で、体の色は生息地により差があります。
- ヌビアノロバ
ヌビアノロバはアフリカの東部、スーダン北東部のヌビア砂漠(ナイル川の東から紅海まで)及び南はアトバラ川とエリトリア北部の山岳地帯の半砂漠や草原に生息していましたが、1970年以降確認報告がなく生存が危ぶまれています。
ソマリノロバに比べ小型で、体高は約120cm。体色は黄色がかった灰色で、背中中央の黒線と両肩を通る黒線が十字に交わっています。 - ソマリノロバ
ソマリノロバはアフリカ北東部のエチオピアとエリトリアにまたがるダナキル砂漠の岩石混の砂漠およびソマリアのヌガール渓谷に生息していますが、砂地は避けて、わずかに低木が残る荒れた草原に生息しています。この地方は年間降雨量が100~200mmほどの乾燥地域です。またエチオピアでは標高約1,500mでも生息が記録されています。1977年にKlingelは群れの構成について次のように報告しています。「ダナキル砂漠における群れは、単独生活するものが5%、2~6頭が30%、7~20頭が30%、21~60頭が36%でした。いずれも永久的なグループではなく母子以外は一時的な集まりで水場や餌を探すときに集まります。なわばりをもっているオスはどのような場合でも、また雌雄の成獣は若者より優位です。エチオピアではなわばりをもつオスのみが交尾していました。また、大きなグループに決まったリーダーが存在せず、成獣はどの個体でもリーダーになりことができ、リーダーが交代しても争いはおこりません。」
しかし、生息数が極端に減少した現在では、1970年代のように大きな群れは存在せず、単独か母親とこども、1頭のオスと数頭のメス、あるいはすべてオスかメスで、通常は5頭以下の小さな群れを形成しているにすぎません。
生息地の乾燥した地域には水場が少なく、オスはまばらに点在する餌場と水場周辺になわばりを持ち、複数のメスたちがなわばり内に入るのを黙認する代わりに、メスとより長く一緒にいることで交尾権を得てメスを独占します。オスの順位は年長個体が優位で、メスが優位個体に興味を示すため、若オスは単独でいるかワカモノ同士で一緒にいます。なわばりはおよそ20km²の報告があり、なわばり内は糞を堆積させて目印としています。旱魃時における日中の外気温は50度に達し、夜間の低いときは5~15℃になります。活動時間は早朝か午後遅く、さらに夜間で砂漠の気温が下がる頃に活発になり、日中の暑いときは近くの岩陰で休みます。このような気温差が大きい環境に適応して体温が35.0~41.5℃の範囲で変わり、暑い夏、オスの体温は36.5℃に比べ、メスは38.2℃でした。メスは体温が高いため一日の発汗量が少なく2%の水分を節約できて、オスより1日長く水を飲まずにいられます。水場から4~6km離れた場所で生活し、20~30km以内の水場を知っています。水場には午後4時から夜中にかけて注意深く近づき飲みます。
からだの特徴
![](https://www.elephanttalk.jp/site/wp-content/uploads/2021/01/140929_1.jpg)
アフリカノロバの亜種、ソマリノロバです。現在の競走馬に比べるとがっしりとして、キリッとした感じを受けます。写真家 大高成元氏撮影
ヌビアノロバより大型で体高(肩高)は130~140cmあります。
体は脂肪分が少なく筋肉質で、頭部が大きく、4肢は短めで頸部が太いため、全体的にみるとがっしりした印象を受けます。前がみはなく、たてがみは16~20cmと短く直立しています。体色は生息地により変異がありますが、全体的に灰色で、腹は白色、背の中央に黒線があります。
ヌビアノロバは肩に黒線がありますが、本亜種にはなく、黒い縞が背中中央部の腰から尾にかけてあります。前後肢共に細い黒線がありますが、ヌビアノロバは黒線がなく両者を区別するのは容易です。
歯式はオスの場合、門歯3/3、犬歯1/1、前臼歯3-4/3、臼歯3/3で合計40~42本ですが、メスは稀に小さな犬歯が生えていますが、通常はなく36~38本です。乳頭数は1対で、鼠蹊部(そけいぶ)にあります。
えさ
1日の大半(14~19時間)は採食時間に費やし、イネ科やカヤツリグサ科の草を主食としていますが、樹皮や葉、芽、果実、根も好んで採食します。野生の場合毎日水を飲まないでも平気で、体重の約30%水をロスしても、2~5分水を飲めば一気に補充できます。一般に砂漠にすむ動物たちは尿細管が長く、濃い尿を排泄することができるため、塩分濃度の高い水や餌を採食できます。ウシは1.0~1.5%の塩水、ラクダはこの3倍、ロバは中間程度の2倍の濃度の塩分を含む水も飲めると思われます。生息地には餌が少ないため枯草のような消化しにくい餌も採食しますが、消化管の中にとどまる時間が短いので、消化しやすい部分だけを利用し、質の悪い部分をすばやく排出することで多くの餌を採食できます。
繁殖
初発情は生後約12ヶ月齢でみられますが、ふつう2~3歳まで繫殖しません。発情周期は20~21日間で受胎するまで続きます。メスの発情を匂いで察知したオスはフレーメンを呈し、続けて排尿をします。妊娠期間は約360日(330~365日)です。繁殖行動は雨期の間に起こり、出産はほとんどが10月から2月にみられます。初産は2歳から2歳半で隔年に繁殖します。出産率が高いのは約4歳で、14歳までの繁殖記録があります。オスは生後9ヶ月齢で精子が認められますが、性成熟は約2歳です。生まれた子は1時間足らずで親について歩き、こどもは鼻を母親にこすり付けたりしています。母親は出産した日は他個体をそばに近づけずグルーミングしながら面倒を見ます。子どもが母親から1m以内にいる割合は生後1ヶ月齢までは71%で、生後1~2ヶ月齢ではこの割合が35%、1歳になると母親との距離はほとんどの時間で10m以内になった、との報告例があります。生後4~6ヶ月齢で離乳しますが、水飲み場を探すために一緒にすごし、生後1年でも時々授乳します。
飼育下の長寿記録としては、イスラエルのハイバール自然保護区で1975年に生まれた個体(オス)が、2004年2月現在28歳8ヶ月で飼育中という記録があります。
主な減少原因
生息地の半砂漠地帯まで牧畜のための開発が進み、家畜を飼うようになると少ない水場と餌を家畜と競合するようになりました。家畜としても有益なロバは、野生種を捕獲し家畜のロバやウマと交配させて、現在の家畜ロバの近親交配を改善するために捕獲してきました。さらにエチオピアとエリトリア間で戦争が勃発したため、武器が容易に入手できると食用や薬にするための狩猟も増加していっきに減少してきました。
野生のアフリカノロバは、現在はエチオピアとエリトリアを合わせても600頭以下、ソマリアでは10頭以下で、3ヶ国あわせとも600頭に満たないと言われるほど危機的な状況にあります。しかし、幸いなことに2012年現在44の施設で220頭(オス87頭、メス133頭)が飼育され、繁殖も順調といわれています。
データ
分類 | 奇蹄目 ウマ科 ウマ属 |
分布 | アフリカ北東部(エチオピア、エリトリア、ソマリア) |
体長(頭胴長) | 195~205cm |
体重 | 270~280kg |
体高(肩高) | 110~140cm |
尾長 | 40~45cm |
絶滅危機の程度 | 国際自然保護連合(IUCN)発行の2014年版レッドリストでは、絶滅寸前種(CR)に指定され「ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高い」としています。また、ワシントン条約では付属書Ⅰに掲載し、商業取引を禁止しています。 絶滅寸前種の定義のひとつに、「成体の生息数が250頭未満と推定され、かつ生息地が100km²未満か、あるいはここ10年間または三世代で少なくとも80%以上生息数が減少したもの」としており、早急に対応しなければ絶滅を免れません。 家畜となったロバ ロバはおよそ6,000年前にアフリカノロバから家畜化されました。当初は肉用に家畜化したのでしょうが、乾燥地帯にすんでいるので暑さに強く、粗食にも耐えて丈夫な体を持っているため、使役動物としても飼育し始めたのです。車がなかった時代、ロバは悪路の山道を背に荷物をのせたり、車を曳いたりして大活躍をしました。現在もなお自動車が通れない山地にすむ人々の生活に貢献しています。 |
主な参考文献
Estes, R.D. | The Behavior Guide to African Mammals. The University of California Press. 1991. |
Grinder,M.I., Krausman,P.R. and Hoffmann, R.S. | Mammalian Species. No.794, Equus asinus. The American Society of Mammalogists. 2006 . |
今泉吉典 (監修) | 世界哺乳類和名辞典 平凡社 1988. |
今泉吉典・中里竜二 | 奇蹄目総論 In世界の動物 分類と飼育 4 奇蹄目 今泉吉典(監修) (財)東京動物園協会 1984. |
Moehlman, P.D.(ed) | Equids: Zebras, Asses, and Horses ― Status and Action Plan ―, IUCN. 2002. |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.1,The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999. |
大高成元(写真)・川口幸男・中里竜二 | 十二支のひみつ 小学館 2006. |
坂田 隆 | 砂漠のラクダはなぜ太陽に向くか? 講談社 1991. |
祖谷勝紀 | ウマ科ウマ属について In世界の動物 分類と飼育 4奇蹄目 今泉吉典(監修) (財)東京動物園協会 1984. |
祖谷勝紀 | 世界の野生馬(Ⅰ) どうぶつと動物園 Vol. 34. No.8 .(財)東京動物園協会 1982. |
正田陽一(監修) | 馬の百科 小学館 1982. |
Wilson, D. E. & Mittermeier, R. A.(ed) | Handbook of The Mammals of The World.2. Hoofed Mammals,Lynx Edicions 2011. |
参考
今年は午年のため、おもしろ動物大百科 2014年1月1日付けで、「干支:ウマにまつわる話」を載せています。
ウマ科の話は干支の記事も合わせてご覧ください。参考までに「ウマ科・体の特徴」を一部加筆して以下に載せておきます。
ウマ科 体の特徴
- 蹄の特徴
化石で見ると、ウマの祖先は始新世前期の5,600万年前に現れたヒラコテリウム(エオヒップス)で、前足4本、後足3本の指がありました。その後第3指が太くて長くなった結果、5,000万年以上の時を経て、100万年前(洪積世)になると第3指だけが残りました。これは1本の蹄に体重を乗せて、できるだけ早く走って肉食獣から逃げるための適応と考えられています。野生ウマは長距離を移動するので、伸び続ける蹄も程よくすり減るのですが、飼育すると過剰に伸びたり、反対に使いすぎて摩耗し過ぎたりします。そこで装蹄師が蹄を保護するために定期的に削蹄して蹄鉄を付けているのです。日本では蹄鉄が普及する前、ウマは平安時代から軍馬として貴族や武士が所有し大きな戦力となっていましたが、平安時代末期には馬わらじを作り、蹄を保護していました。
草食獣が肉食獣から身を守る術として、ウマは素早く逃げる方法を身につけ、サラブレッドは最高時速77kmの記録もあります。しかし、ロバはウマの仲間で最も蹄の幅が狭く早く走るより、半砂漠化した岩石が混じった環境に適応していきました。 - 消化器の特徴
ウシとウマは良く比較されますが、それは消化器でも同じです。草食獣は胃や腸内に無数にいる微生物により食物繊維を発酵分解し、最終的には微生物をエネルギー源として吸収しています。内容物1ミリリットルの中に細菌が数千億、プロトゾア(原虫)が数十万いて、この中にセルローズを分解できる細菌と真菌がいます。十分に消化させるためには発酵をさせることが重要ですが、ウマの場合、繊維成分は小腸の後部にある盲腸や結腸の発酵槽まで行かなければ発酵分解されません。ウシは前胃が発酵槽の役割を果たし第1胃と第2胃で約200リットル入ります。胃と腸の容量比はウマでは胃が1とすれば腸は20、ウシは胃が1に対し腸は0.5です。採食時間はウマが10~20時間と長いのに比べ、ウシは6~9時間ですが、反芻に9~11時間費やすのでほぼウマと同様になります。ウマは腸内滞留時間も短く約10時間(ウシは40~50時間)と短いので次々と食べて消化の悪いものは排泄します。そのため馬糞は粗繊維が残りパサパサですが、牛糞は良く消化され水分が多くペチャとなっています。 - 歯と鼻の特徴
顔の長い人がウマのように長い顔と例えられますが、長い顔には大きな歯と鼻が収まっています。ウマは走るときに大量の酸素を必要としますが、その時鼻を円形に膨らませて取り込みます。また、口中には、オスは40本、メスはふつう犬歯を欠いているので36本の大きな永久歯があります。このように大きな歯と鼻を必要とするために長い顔となったのです。オスは門歯(前歯)と犬歯の間、メスは門歯と第一前臼歯の間が大きく開き、この部位を歯槽間隙と言いますが、この部位に轡(ハミ)を通しています。ウマは上顎と下顎の両方に歯が生えていて先端がきっちり合い、草を噛み切ることができ、樹皮も食べることができます。 - 聴覚、視力、嗅覚
聴覚は人間の場合20~2万Hz(ヘルツ)の範囲が可聴域ですが、ウマはおよそ3万Hz(ヘルツ)の高音を聞くことができるので、私たちに聞こえない音を聞いていることになります。さらに耳は自由に動かすことができ、長い首と共に音のする方向に向けて音を拾います。目はこめかみのすぐ下にはみ出すように外側に出て、瞳孔は横長で真後ろ以外は320~340度の広範囲を見渡せることができます。視力自体はそれほど良くなくて停止していれば約300m、走行中はおよそ100m先の物を識別できると推定されています。色は赤、青、緑、黄色、灰色が見分けられます。嗅覚もまた優れており、仲間や人間、餌の識別は嗅覚に頼っています。他にも触覚や味覚など五感を駆使して、外敵の接近や仲間を認識しています。