ゾウ科
アフリカマルミミゾウ
長鼻目の祖先は、北アフリカで約5,000万年前に発掘された化石から、ブタくらいの大きさのメリテリウム(=モエリテリウム)と考えられていました。しかし、2009年に新たに北アフリカのモロッコで約6,000万年前頃の地層から発掘された下顎の化石が、長鼻目の歯の特徴を備えていることから長鼻目の祖先の可能性が高い、とする学者もいます。この化石は、フォスファテリウム(学名Eritheriumazzouzorum)と命名され、発見場所の環境から水場の浅瀬に半水生で生息し、体格は体長が約60cm、体重が約15kgと推定されています。現在化石種を含めた長鼻目の種類数は学者によって様々ですが、150種以上(161種や175種とする学者もいます)と考えられ、この中で現存するのはゾウ科の3種のみです。ゾウ科の祖先はおよそ800万年前に出現し、さらに500万年前以降になると、私たちにもなじみの深いナウマンゾウ属、アフリカゾウ属、アジアゾウ属、マンモスゾウ属の仲間も出現してきましたが、ナウマンゾウ属とマンモス属はすでに絶滅しています。長鼻目の化石は日本各地で10種類が発見されており、長野県野尻湖ではナウマンゾウをはじめ多くの動物の化石が発掘されていることで有名です。マンモスはさまざまな環境に適応し、生息地により北方のマンモス、温帯のマンモス、南方のマンモスに分けてみることもできます。氷河期に寒帯で生息していたマンモスの仲間で、2010年にシベリアの永久凍土で発見されたケナガマンモス(ケマンモス)は12,000年~10,000年前に生息し、体毛は羊毛のような柔らかい下毛と皮膚を守る上毛におおわれ、皮下には約9cmの脂肪層があり、耳は小型で寒さに適応していました。さらに、鼻や毛、内臓まで冷凍保存された状態のため貴重な発見となりました。ゾウの化石はオーストラリア大陸と南極以外は世界各地で発見されています。最大級のゾウの仲間は肩高が4~5mに達し、茨城県自然博物館に展示してある松花江マンモス(ユーラシア大陸の中国東北部を流れるアムール川支流のひとつ)のレプリカは肩高が約5mあります。また日本では1918年三重県で発見されたステゴドン属・ミエゾウの肩高は約4mあり、ゾウの仲間では最大級のマンモスと肩を並べています。一方、最小の種類では肩高が1m級のかわいいゾウの化石が、ジャワ島や他の島々で洪積世(10数万年前~数万年前)の地層から発見されています。
現存する2属3種は、アフリカゾウ属がアフリカマルミミゾウとアフリカサバンナゾウの2種です。アフリカマルミミゾウについては、種と亜種いずれにするか分類学者によって意見が分かれるところですが、本稿では2種として紹介しましょう。アジアゾウ属は1種(アジアゾウ)3亜種スリランカゾウ(基亜種)、インドゾウ,スマトラゾウ(ボルネオゾウを含む)ですが、ボルネオゾウを別亜種として4亜種にする学者もいます。
次にゾウ科で共通した特徴をいくつか紹介しましょう。
ゾウの最大の特徴は鼻にありますが、そのつくりは一般に鼻と呼ばれる部位と上唇が一緒に伸びたもので、中には骨や軟骨は存在しません。骨格で見ると、鼻の付け根の部位は空洞になっており、この部位に長い鼻がつき、組織はすべて筋肉で構成され、その数は5万以上(学者によって約10万、約15万などの説があります)です。上口蓋には豆粒ほどのヤコブソン器官の鋤鼻器(じょびき)の穴が2個あります。鼻端に付着した匂いの粒子を口の中に入れて、ヤコブソン器官の部位につけて匂いの分析をしています。鼻の役割は多岐にわたり、先端の50cm位は皮膚の皺が狭く、細かい動きができ、人間の手の役割を果たしています。授乳以外は水を一度鼻に吸い込み、鼻端を口に入れて水を放出して飲みます。泳ぎも得意で川や海を泳いで渡りますが、深い場所では鼻を水面に出して呼吸をします。他個体の体の各部を撫でてスキンシップでコミュニケーションを図り、威嚇や攻撃で振り回せば武器になることもゾウは認識しています。長い鼻から勢いよく息を吹き出すとラッパのような大きな音になり、音は数キロメートル先まで届き、威嚇や仲間の信号となります。
歯の交換の仕方にも特徴があります。哺乳類の大半は乳歯から永久歯に代わるとき、乳歯の下から永久歯が萌芽して換わるので垂直交換といいます。一方、ゾウは一生の間に乳臼歯が3本、永久歯が3本、計6本の臼歯が順次、後ろから前方に押し出されて一生の間に6回交換します。最後の永久歯は40歳頃に交換し、死ぬまで使うことになります。また、水平に移動して交換することから水平交換といいます。牙は他の動物のように犬歯ではなく、切歯(門歯、第二切歯=側切歯)が長大化したもので、1~2歳の間に乳歯から永久歯に代わります。乳歯と永久歯の関係をはっきり表すために小沢幸重博士は下記の歯式を使っています。
ゾウの歯式
乳歯 103/003
永久歯 1003/0003
歯の咬合面も種類ごとに違い、考古学者は歯からおよその年齢や上下左右の歯を判定することができます。咀嚼様式は下顎を前後に動かし、乾草ならばゆっくりと約25回、リンゴなど果実は15回程度咀嚼します。
ゾウの頭部は体重の12~25%あります。大脳の重量はおよそ5,000gで周囲を蜂の巣のような含気骨でおおい頭部重量を軽くしています。頭部がおおきい理由のひとつとして、巨大な鼻や歯、耳を動かす筋肉を付けるスペースとなっていることが挙げられます。背の形はアジアゾウの場合、背中が緩やかな山形か平らですが、アフリカゾウは反対に凹んでいます。骨格で見ると肋骨の上部に棘突起がついており、この長さで背の曲線が変わっています。
消化器はウマに類似して単胃で、発酵は大腸で行うため消化吸収率は約44%で良くありません。胆嚢はなく、胸膜腔は若い個体は認識できますが成獣になると消失します。オスの精巣は降下しないで終生腹腔内に留まっているため陰嚢はなく、ペニスは排尿と交尾、マストの一時期のみ露出します。乳頭は左右の前肢の間に1対あり、子宮は双角性で胎盤が帯状となっています。側頭腺は目と耳のちょうど中間点に長さ1cm位の開口部が線状になっています。ふだんは閉じていますがマスト時や興奮して走ると粘液が滲み出てきます。
アフリカマルミミゾウはこれまでアフリカサバンナゾウの1亜種として分類する学者が多かったのですが、近年DNAを複数の地域に生息する個体から試料採取して調査した結果、別種扱いが妥当とする学者が増加してきました。本論では別種扱いで解説します。
主な分布域は中央アフリカのコンゴ盆地でカメルーン、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、赤道ギニア共和国、ガボン、コンゴ共和国などが挙げられますが、他にも西はコートジボワール、ガーナ、トーゴ、東はウガンダ、南はアンゴラのガビンタでも少数が見られると報告されています。
生息場所は赤道付近に位置する中央アフリカの熱帯雨林が主要な生息場所ですが、草原と隣接している森林地域では草原にも出ていることが判ってきました。しかし、草原に出ていくのはメスと未成獣の子どもで、成獣のオスは森林内に留まります。1970年代に入り性能の優れた銃が簡単に手に入ると、密猟者は草原で生活する大きな牙のあるゾウを狙い撃ちしてきたので、オスゾウは人間の脅威から身を守るために見つかりにくい森林内に留まるようになったのでは、と推測されています。
群れ構成は、母親と子どもたち1~2頭で3~4頭の母子が基本単位集団で、餌となる植物が豊富なときは、血縁関係にある基本グループがいくつか集まります。この他、乾季に水場やミネラル分を多く含む場所に100頭くらい集まるときもあります。オスは10歳くらいになると群れから少しずつ離れ、12~14歳で母親から離れ単独生活に入りますが、肉体的に成長するまでしばらく母親の近辺で過ごし、オス同士の群れは作らないと、報告されています。活動時間は一日に約20時間で、睡眠は日中にも見られますが、主に夜中に寝ます。果実の実る樹を求めて移動し、時にはサバンナゾウと同じ場所で採食しますが、時期や時間が違います。行動圏はふつう約500km²で、一日の移動距離2~3kmです。行動圏の広さを調査するためにGPS(全地球測位システム)で調査した結果、生息場所の環境により大きく変わり、コンゴ北部の母子の行動圏の1例は約2,300km²ありましたが、ガボンのロアンゴ国立公園における母子1例の調査によれば52km²と報告されています。この調査結果は今後マルミミゾウの保護地域を検討する上で貴重な資料になると考えられています。
からだの特徴

写真は安佐動物公園のメス12歳(2013年)です。小型の体と耳、下方に向いた牙の特徴がわかります。国内には広島市安佐動物公園と秋吉台サファリランドで計3頭飼育しています。写真家 さとうあきら氏撮影
体長(鼻端から仙骨の関節まで)は、600~750cm、尾長100~150cm、肩高オス160~286cm、メス160~240cm、体重2,700~6,000kgです。体重の最高記録は1906年にコンゴのアビで射殺された個体で、肩高が285cm、体重は推定6,000kgとされていますが、1例報告なので、通常のオスは4,500kg程度と考えられます。性差が大きく体重ではメスはオスの半分程度しかありません。体形は後躯が大きくて、背の稜線で腰部が一番高くなっています。皮膚はサバンナゾウより滑らかで全体的に暗褐色を帯び森林に適応しています。全体的にアフリカサバンナゾウと似ているため、比較して良く観察しないと、外見上で2種を判断するのは難しいと言われています。
前肢は後肢に比べ長く柱のように頑丈で、蹄の数はアジアゾウと同様に前肢に5本、後肢は4または5本あります。アフリカサバンナゾウの蹄の数は前肢に4本、後肢に3本と少なくなっています。蹄が少なくなった背景として、ウマなどの進化の過程をみると、進化した種類の方が指の数が少なくなりました。ゾウについても両種のDNAが違う点と共に、ウマの進化と同様に、森林に住んでいたマルミミゾウが草原に進出し、蹄の数が少なくなった、と考えられます。耳は森林生活に適応して、サバンナゾウより上下に短く前後に長く後葉は丸く、その形からマルミミゾウの由来となっています。耳の大きさ形状には個体差が見られます。牙は雌雄ともにあり、サバンナゾウより細く、地面に向けて伸びます。乳頭は前肢の間に1対あります。
えさ
果実、樹皮、小枝、根、蔓、草本など植物のすべての部位を採食します。種類数はおよそ300種以上あって、アフリカサバンナゾウやアジアゾウに比べて著しく多くなっています。森林には果実の実る樹木も多く、熟す時期を家長のメスは知っており群れを誘導して連れて行きます。ゾウは果実を移動しながら採食し、未消化で排泄した実はゾウの糞と共に植物の肥料となり発芽を促し、あるいはサルや鳥、その他多くの動物や昆虫によって採食されています。中央アフリカ共和国の湿地にはミネラル成分を豊富に含んだ場所があり、100頭ものゾウが集まることが知られています。好物は果実の他に、単子葉植物で高温多湿を好むクズウコン科の植物を採食します。
繁殖
メスの性成熟は14~15歳、発情周期は15~16週間、発情は雨期の後半と乾季のはじめに多く見られます。ゾウの場合、成獣オスにはマストと呼ばれる非常に攻撃的になる時期があり、1年の間に数週間から3ヶ月間続きます。マストになったオスは性ホルモンのテストステロンの値が上昇し、特有の声を出し、頻尿となり食欲も減少します。マストのオスはオスの中で優位になりますが、発情期のメスは交尾相手としてマストになった30~40歳の成獣を選ぶことが多い、という研究者の報告があります。妊娠期間はおよそ22ヶ月で通常1産1子、生まれたばかりの子の体重は60~150kgです。子どもは生後4ヶ月齢まではほぼ母乳だけを飲み、生後4~5ヶ月齢頃から母親の食べ物をとって口に入れて固形物も少しずつ食べ始めます。1歳くらいまでは母乳が主体ですが、その後は母乳から植物質の餌に変わっていきます。出産は4~5年に1度ですが栄養状態が悪い場合は間隔が伸びます。
コンゴ民主共和国とスーダン国境に広がるガランバ川一帯を含んだガランバ国立公園ではサバンナゾウとマルミミゾウのハイブリッドが生まれています。
データ
分類 | 長鼻目 ゾウ科 |
分布 | アフリカ西部のコートジボワールから、アフリカ中央部のコンゴ盆地を中心とした周辺国、及びウガンダとアンゴラの一部 |
体長(頭胴長) | 600~750cm (鼻の長さ約200cmを含みます) |
体重 | 2,700~6,000kg |
肩高 | オス 160~286cm メス160~240cm |
尾長(頭胴長) | 100~150cm |
絶滅危機の程度 | アフリカマルミミゾウは2014年発行の国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで「絶滅の恐れが高い危急種(VU)」に指定されています。 またワシントン条約では付属書の第Ⅰ表に該当し国際商取引の禁止対象種となっています。この背景には以下のような事情があります。 マルミミゾウが生息するアフリカ西部から中部にかけて最近の20年で開発が進み道路が縦横に通ってきました。野生動物にとって道路が通るのは生息地を分断されることになります。長い間ゾウの生活場所であった森林で伐採と開発が進み、人々が居住するようになりゾウの生息場所が縮小しているのです。人々がゾウの生息地にまで侵入してきた理由の一つは、アフリカで今も続く内戦を挙げることができます。内戦によって全てを失った住民は高性能な銃を手に入れ、密猟によりゾウを狩猟してブッシュミート(野生動物の肉)としてゾウの肉を利用し、牙を売って金を得るのです。ゾウの場合、象牙が古代より価値のある美術品として利用され、象牙目的でゾウを狩猟するケースも多いのですが、象牙取引はすでに1989年以降ワシントン条約で規制され全面禁止となっています。残念なことに象牙の最需要国は中国と日本で、密猟者の背後にはアフリカのテロ組織の関与も疑われています。 最近の20年間におけるマルミミゾウの個体数は半減したとの報告もあります。今、私たちにできることは、ワシントン条約で商取引が禁止されている象牙やゾウに関係した製品、あるいは違法に伐採された熱帯の木材を買わないことなど,自然資源の保全をサポートすることなどが求められています。 |
主な参考文献
Fowler,M.E. & Mikota,S.K | Biology,Medicine and Surgery of Elephants.Blackwell 2006. |
イアン・レッドモンド (リリーフ・システムズ 訳) | ビジュアル博物館「象」監修 川口幸男、同朋舎出版 1994. |
今泉吉典 | アフリカのゾウ 動物分類講座 どうぶつと動物園 Vol.20 No.5(財) 東京動物園協会 1968. |
犬塚則久 | ゾウ科の分類 In世界の動物 分類と飼育3長鼻目 (財)東京動物園協会 1991. |
読売新聞東京本社(編) | 特別展 マンモス「YUKA」. 監修 犬塚則久・小野昭, 読売新聞東京本社 2013. |
川口幸男 | ゾウ科の分類 In世界の動物 分類と飼育3長鼻目 (財)東京動物園協会 1991. |
川口幸男・中里竜二 | 動物園 [真] 定番シリーズ③「ゾウ」 監修 エレファント・トーク In アジアゾウの基礎知識 CCRE 2008. |
小沢幸重 | 歯の形態形成原論ノート わかば出版 2011. |
小原秀雄 | ゾウの歩んできた道 岩波ジュニア新書412 岩波書店 2002 |
Shoshani, J. | Elephants. Rodale Press, Emmaus, Pennsylvania 1992. |
Blake, S. (西原 智昭 訳) | 知られざる森のゾウ 現代図書 2012. |
Wilson, D. E. & Mittermeier, R. A.(ed.) | Handbook of The Mammals of The World. Vol.2 Hoofed Mammals,Lynx Edicions 2011. |
今回はアフリカマルミミゾウの研究結果をまとめたすばらしい翻訳本を紹介しましょう。
ステファン・ブレイク著 西原智昭 訳
『知られざる森のゾウ・HIDDEN GIANTS 』現代図書 2012(参考文献No11.)
アフリカマルミミゾウに興味のある方に一読をお勧めします。