ネコ科
チーター
かつてアフリカでは砂漠中央部と熱帯雨林地帯をのぞいたほぼ全域、アラビア半島から中近東を経てインド南部にかけて広く分布していました。しかし、インドでは1950年代に絶滅したと推測され、また他の多くの地域からも姿を消してしまいました。現在ではサハラ以南とアフリカ北西部・東部の一部、およびイランに分布しているにすぎません。
アフリカや中近東では半砂漠からまばらな森林や開けた背丈のあまり高くない草原に生息し、インドでは繁みや森林でそれぞれ獲物を待ち伏せ、外敵から身を守るにも適した岩場などが好まれていました。エチオピアでは標高約1,500m、アルジェリア南部では標高約2,000m地点で生息が確認されています。乾燥した環境にたいしても適応性があり、中央サハラの山地では小さな群れが生存しています。社会構成はなわばりをもち単独個体以外にグループをつくることが知られています。メスは、①成獣は単独でいる ②母と子で一緒にいる ③雌雄の混合グループをつくるという三つのタイプがあります。セレンゲテイでは複数のメスの親子が集まり10数頭の大きなグループ形成した例もあります。オスは、同じくセレンゲテイの調査で、①単独が41% ②ペアが40% ③3頭が19%の報告があり、複数のオスはふつう同腹の兄弟でした。オスは1頭でいる場合、なわばりを維持できるのは約4ヶ月、ペアは約7ヶ月、3頭では22ヶ月で、3頭の中にはなわばりを6年間守ったグループもいました。つねにライオンやハイエナなど大型の肉食獣の脅威に晒されているため、彼らからの自衛手段ひとつとして複数でグループとなり対抗していると推測され、お互いにグルーミングをしあい結束を深めています。通常は他個体のなわばりを避けて生活していますが、発情メスを巡って争い死亡することも多々あります。
活動時間帯は基本的に昼行性で、午前中の7時~10時と夕方の16時~19時の朝夕の涼しい時間帯が多く、カラハリでは温度が下がる夜間に狩りをしたりライオンやブチハイエナがいるときは活動を控えたりします。行動圏はセレンゲテイにおける単独の雌と雄の行動圏は800~1500km²と広範囲で多くは重複し、オスグループのなわばりは狭く12~36km²を防衛し、まれに150km²になる程度です。トムソンガゼルが多い地域では成獣オスのなわばり争いが激しく死亡原因で50%を占めています。南アフリカのクルーガー国立公園では獲物となる動物が移動しないので行動圏は雌雄ともに変わりなく平均175km²でした。1日の移動距離はナイロビ国立公園における調査によれば、子連れのメスで約3.7km、成獣オスが約7.1kmの報告例があります。地上最速の動物で最高速度は時速11kmに達し、1秒で約29m走ると報告されていますが、このスピードは約500mしか続きません。しかも獲物の捕捉率は300m以内が多いことが判っているので、わずか10秒以内で決着をつける必要があります。チーターはひと跳びで約9mジャンプし、わずか2~3秒で時速60~90kmに達し、さらに最高時速からその場に急停止できる点は、他の動物や自動車でも不可能です。コミュニケーションは鳴き声、嗅覚、触覚、視覚、行動の五感を駆使していることが知られています。鳴き声はメスが子どもを探すときや交信相手に呼びかける際に使う、小鳥のさえずりのようなチーチー、チュウチュウ鳴らす声や、イヌの鳴き声のような高いキャンキャンする声で約2km先まで届きます。ワカモノはこの種独特のヒューという声や小刻みな唸り声を出します。その他、敵対する相手に対する威嚇の唸り声、友好的な挨拶として喉をごろごろ鳴らすことが知られています。
嗅覚を使う行動は、なわばり内にある樹や倒木、アリ塚、岩に尿スプレイし、地面に寝ころんだり顔をこすりつけたりするほか、木や地面を引っ掻いて匂いつけをします。触覚を使う行動では顔や頬をこすり、あるいは舐め合います。狩りをするときは視覚に頼り、獲物を両眼視でしっかり捉えています。
からだの特徴
チーターは餌となる獲物を捕らえるために早く走ることができるように体が進化してきました。他のネコ科動物のように強力な咬筋がないため頭部と顔は小さく丸くなり、そのため頭の骨や歯は軽く、咬む力が弱くて獲物の堅い骨を噛み砕くことができません。オスはメスより大きく、後躯は肩部の高さより低くなっています。体毛は細く滑らかで短毛、地色は黄褐色で腹部は白っぽくなって黒い小斑が体全体にありますが、ヒョウと違い梅花状ではありません。耳は小さくてまるく裏には小さな黒い斑点があります。首すじから肩にかけて短い毛がたてがみ状に生えています。目の内角から鼻の両脇を通り上唇にかけて顕著な涙状腺があり黒くなっています。瞳孔は丸く虹彩は黄褐色です。尾は長く先端三分の一には黒いリング状の帯があり、先端は白く房毛です。4肢は細く前肢より後肢の方が長く、前肢に5本、後肢に4本の指がありそれぞれ少し湾曲した短くしっかりした爪があります。チーターの子どもは生後10週齢までは爪をネコと同じように鞘の中に出し入れができ、木に容易に登ることができますが、その後は爪を引っ込めることができなくなります。チーターが早く走ることができる肉体的な特徴はいろいろありますが、短い爪はスパイクのように蹴り出すときに使い、指は急停止するときは広げ、また方向転換する側の指幅を縮めたり、長い尾を振ってバランスを取ったりしています。さらに犬歯と歯根が小さいので鼻腔が広がり呼吸が楽になるほか、肥大した気管支や内臓、柔軟な体と強い筋力などが総合的に働いて、このような高速走行を可能にしています。鼻腔の拡張は獲物を咥えて窒息死させるときに自身の呼吸も楽にしています。
生後3~6週齢で乳歯が萌芽し生後約8ヶ月齢で永久歯に代わります。歯式は門歯3/3、犬歯1/1、前臼歯3/2、臼歯1/1で合計30本です。肛門腺が発達し、乳頭は12個です。アルビノと黒変種が記録されています。アフリカチーターの肩高はふつう約90cmありますが、サハラで捕獲された2頭のオスは約65cmで小型であったと報告されています。
アフリカのジンバブエ地方にあらわれるキングチーターは、頸部と肩部は毛が長く約7cmあってたてがみ状になり、チーター特有の斑点がつながって帯状になって現れたもので、稀少な個体として動物園では人気者です。この帯状模様は常染色体上の毛色に関係する遺伝子の1個が突然変異をおこしたことにより生じます。チーターの通常の斑紋にたいして劣性で通常個体と繁殖した場合は帯状の模様は出ません。
えさ
狩りは社会構成により単独やグループで行い、通常朝夕の日中が多く、視覚を使って行うため月夜や曇天には真昼でも行います。狙った獲物が逃げ出さなければ約30mまで近づいてから一気に追跡し、平均170m(200~300m)追いかけますが、もし仕留められない場合長くとも500~600mで諦めます。狩りの成功率は約50%で追跡が200m以内の場合が高くなります。獲物に追いつくと前脚でたたいて倒し、獲物の下側から喉に嚙つき窒息死させ、ノウサギのような小型の動物は頭を咬んで殺します。狩りを行う場合、単独個体とグループ、および成獣と若い個体ではそれぞれ狙う獲物が異なり、1頭で襲う場合は小型の動物を狙い自分の体重より重い相手は襲いません。グループで狩りをする場合は自分の体重より重いウシ科のクーズー(体重200~300kg)やヌー(体重150~200kg)も捕えます。セレンゲテイ国立公園での獲物の割合は、ノウサギが12%、トムソンガゼルが62%で、成獣のガゼルの捕捉率は約50%、幼獣では100%でした。生後3~4ヶ月の子ども連れの母親は35日間に31頭のガゼルと1頭のノウサギを捕らえました。ナイロビの国立公園の報告例では単独個体は25~60時間ごとに獲物を獲ります。一度に約14kgの肉を食べることができますが、ふつうは1日あたりの採食量は2~4kgです。4頭のグループはインパラ(体重45~60kg)を捕らえてからわずか15分間で食べました。獲物の食べる部位は後躯から食べ始め内臓や血液は好きですが、骨、皮は食べません。死肉は稀に食べる程度で、大きな獲物は2~10分間食べた後、近くの茂みや陰に隠して後で戻って食べることがあります。乾燥に強く水は4日に一度、ときには10日に1度しか飲まない時もあります。カラハリ砂漠では平均して82kmを移動すると水場がありますが、水以外に獲物の血液や尿、カラハリメロンから水分を取り込んでいます。セレンゲテイでは殺した獲物のうち約10%を主にブチハイエナやライオンに横取りされます。
生息地毎の主な獲物を列挙すると、東アフリカでは、トムソンガゼル、グラントガゼル、ジェレヌク、インパラ、レッサークーズー、ディクディク。南アフリカでは、スプリングボック、インパラ、クーズー、キリン、アフリカスイギュウなどの子ども、リードバック、プーク、イボイノシシ。中央アフリカでは、ハーテビースト、オリビ、コーブ。有蹄類がいなければホロホロチョウなどの地上性の鳥類も食べます。サハラに生息する個体は稀にバーバリーシープやダチョウを獲ります。イランではノウサギを良く捕えます。インドではブラックバック、アキスジカその他、体重40kg以下の草食獣を捕らえていました。この他、家畜のヒツジ、ヤギ、子ウシ、ラクダの子どもなども含まれます。
野生で死肉は稀に食べる程度と報告していますが、動物園では給与し食べています。
繁殖
繁殖は年中ありますが東アフリカのピークは1~8月、ナミビアでは11~1月、ザンビアでは11~3月です。発情期に入るとメスは地面を転がったり、繁みや岩、木の幹に排尿したりして匂いつけをします。匂いを察知したオスは声を出しながら後を追い、メスも鳴き声で応え1~2日間一緒に過ごす間に交尾します。チーターも飼いネコと同様に交尾排卵と考えられています。発情メスの排尿を嗅ぐと複数のオスが反応し、優位オスと交尾して他の個体は周りをウロウロしています。発情は約12日間周期で見られ1~3日間続きます。妊娠期間は90~95日です。出産場所は草むらの中でひっそりと産みます。ひと腹の産子数は平均4頭(1~8頭)で、出産間隔は17~20ヶ月間です。生まれたばかりの子どもの体重は150~400gですが、飼育下では平均463g、体長約30cmの報告があります。目は閉じて生まれ、生後4~11日齢で開きます。子どもの毛は長くて柔らかく、青みを帯びた灰色で被われ、斑点は下毛の中にあり不鮮明です。3ヶ月齢以内は黒っぽく、口から背の正中線上に青灰色や銀白色のふわふわの長毛がマント状に生えていますが、マント状の毛は生後3ヶ月ごろにほぼ消えますが、1歳になってもその痕跡がまだ残っている場合もあります。母親は出産後数日ごとに隠れ家を変えます。生後5~6週齢で母親の後をついて歩けるようになり、生後8週齢ころになると固形物を食べ始めます。母親は捕えてきた生きた小型の獲物を子どものそばで放し、殺し方を覚えさせます。生後3~6ヶ月齢で離乳します。メスの子どもは生後17~20ヶ月齢で母親と別れ単独生活になりますが,翌年まで母親と重複した行動圏で過ごします。オスは生後約15ヶ月齢で母親と別れてオスの子ども同士で一緒に過ごし、2歳弱で一人前になり単独生活かグループに入ります。性成熟は21~22ヶ月齢です。ナイロビ国立公園ではチーターの子どもの死亡率は43%と低いのですが、セレンゲテイのライオンが多い地域では125頭の子どものうち95%は死亡し、そのうち73%は肉食獣によるものでした。長寿記録は野生で14歳の報告がありますが、セレンゲテイのメスは平均7歳、グループでいるオスは単独生活のオスより長命です。飼育下のチーターの寿命は平均10.5歳、長寿記録としはフランスのロワイヤンにある、パルミール動物園で1966年8月から1986年11月まで飼育された個体(オス)の飼育期間20年3ヶ月、推定年齢20歳6ヶ月、ドイツのアルトハイデルベルク動物園で、1980年6月から1999年2月までの18年7ヶ月間飼育された個体(オス)の推定年齢20歳7ヶ月があります。
人間が最大の外敵となっている点では他の動物と同じですが、野生動物では、ブチハイエナ、ライオン、ヒョウ、リカオン、稀にヒヒが名を連ねています。
生息数減少の原因
- チーターは広い行動圏をもっているため保護には大規模な保護区が必要ですが、牧草地や農地、住宅地のために生息地を過度に開発したことで、生息地の消失、分散がおき、生息環境が悪化しただけでなく、主食としていた草食獣が激減し、間接的に大きな影響を与えています。
- 家畜を襲う害獣という名目で駆除されています(ナミビアの保護区の外では年間の家畜の損失がヒツジとヤギで10~15%,子ウシが3~5%という報告があります)
- 美しい毛皮のために密猟が続いています。
亜種
チーター(Acinonyx.jubatus.)は今泉吉典博士によれば1属1種2亜種、アフリカチーターとアジアチーターに分類していますが、最近では5亜種とする分類学者もいます。
- A.j.jubatusアフリカチーター
1970年頃にはアフリカの25ヵ国に生息し、1991年の報告では9,000~12,000頭の野生のチーターがいましたが、2007年にはアフリカ南部で4,500~5,000頭、東アフリカで約2,500頭。アフリカ北西部に約250頭、合計約7,500頭が生息していると報告されています。 - A.j.venaticusアジアチーター
南西アジアのカスピ海周辺、さらにインドまで分布していましたが、インドでは1950年代に絶滅、他の地域でも相次いで姿を消し、現在生存が確実なのはイランだけで60~100頭残っていると推測されます。
古代からペットや狩猟用として飼われていたチーター
メソポタミア南部に住んでいたシュメール人は5,000年前に、古代エジプト、スメリア、アッシリアでは4,300年前頃から飼育し、モンゴルの皇帝は3,000頭のあまりのチーターをペットや狩猟用に馴致し飼育していました。さらにインドとヨーロッパの豪族や貴族は1900年代に入ってもまだ飼育していました。
データ
分類 | 食肉目 ネコ科 |
分布 | アフリカのサハラ以南、北西部、東部の一部、中東のイラン |
体長(頭胴長) | オス・メス 110~140cm |
体重 | オス・メス 40~65kg |
尾長 | オス・メス 65~80cm |
絶滅危機の程度 | 国際自然保護連合(IUCN)発行の2013年版のレッドリストでは、種としては絶滅の恐れが高い危急種(VU)に指定されていますが、アジアチーターとアフリカ北西部に生息する個体群は絶滅寸前種(CR)に指定され絶滅が懸念されています。 またワシントン条約では種として付属書の第Ⅰ表に該当し国際商取引の禁止対象種となっています。 現在は国立公園や保護区、狩猟禁止措置で保護されていますが、狩猟も全ての生息域の国が禁止しているわけではありません。 |
主な参考文献
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林 壽朗 | 標準動物図鑑全集 動物Ⅰ 保育社1968. |
今泉忠明 | 野生ネコの百科 データハウス 1993. |
今泉吉典 監修 | 世界哺乳類和名辞典 平凡社 1988. |
今泉吉典 監修 | 動物大百科 1食肉類 チーター 平凡社 1986. |
Krausman, P.R. & Morales,S.M. | Mammalian Species . No.771, Acinonyx jubatus The American Society of Mammalogists. 2005. |
成島悦雄 | ネコ科の分類 In世界の動物 分類と飼育2食肉目 (公財)東京動物園協会 1991. |
野本寛治、唐沢瑞樹、伊藤武明、佐々木雄太、近藤奈津子 | チーターの繁殖, どうぶつと動物園 Vol.64 No.4, (公財)東京動物園協会 2012 |
和田直己 | チーターとは?「地上最速のハンター」の走行のしくみ、どうぶつと動物園、Vol.64 No.4, (公財)東京動物園協会、2012. |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.1, The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999. |
Nowell, K. & Jackson, P. (ed) | Wild Cats―Status Survey and Conservation Action Plan IUCN 1996. |
Wilson, D. E. & Mittermeier, R. A.(ed) | Handbook of The Mammals of The World. Vol.1 Carnivores. Lynx Edicions 2009. |