ネコ科
ジャガー
北はアメリカ南西部から南はアルゼンチン北部まで広く分布し、森林の水辺や沼沢地、植物に覆われた浮島などを好みますが、熱帯雨林、低い樹が密集した薮地、湿地のあるサバンナ、パンパス、砂漠などで生活しているのが報告されています。ブラジルではあらゆるタイプの植生を利用しています。標高1,000m以上の高地で姿を見るのはまれですが、コスタリカでは標高約3,800m、ベネズエラでは標高約2,000m、ボリビアでは標高約2,700mの高地でも発見されています。各地の開発が進んだ現在、残っている主な生息域はアマゾンの熱帯雨林です。繁殖期以外は単独生活で、洞屈や木の洞(うろ)、峡谷、人間が使う山小屋などを隠れ家や休息場所として利用しています。基本的に夜行性ですが、ラジオテレメトリーを使った調査によれば、活動のピークは明け方と夕方の薄暮の時間帯でした。ブラジルでの調査によると1頭のメスは1日の3分の2を活動に、残りの3分の1を休息に充てていました。歩幅は約50cmで、1晩の移動距離はメスが3~4km、オスは約10kmが普通ですが、時には18kmや約65kmの報告があります。
行動圏の大きさは生息している場所、気候、獲物の密度などにより影響を受けます。メキシコ西部の熱帯雨林の場合、季節によりちがい乾季に25km²、雨期には65km²で、オスはメスの2倍以上の広さを移動し、ベリーズでの調査によるとメスは10~11km²、オスが平均で33.4km²でした。また、メキシコの別の調査例によれば、行動圏は2~5km²で100km²におよぶこともあり、ブラジルでは最大390km²の記録も報告されています。毎年繁殖する数頭の子どもが必要とする面積は約4,000km²と考えられています。オスはなわばりを持ち、1頭のオスの行動圏内には複数のメスが生息し、オス同士はなわばりの境界線辺りが重複しますが、糞や尿の匂いつけにより直接遭遇することを避けています。尿スプレイや、太い幹と厚い樹皮があるセコイアの樹幹をひっかいての爪とぎ、頭部のこすり付け、咆哮や甘え声などのさまざまな鳴き声でなわばりを主張しています。鳴き声は通常10種類ほどのパルス音を出しますが、これはジャガー、トラ、ユキヒョウ、ウンピョウに見られる独特のものです。成獣で最も目立つのは5~6種類の喉からかすれたような声を出します。飼育下の調査例によれば、平均睡眠時間は10.8時間で1回の睡眠時間は50~113分間、別の調査では1晩の睡眠時間は2.5~12.5時間でした。尾はヒョウより高く掲げ、木登りも上手ですがピューマほどではありません。泳ぎも上手で水中にすむ動物も獲物になります。
からだの特徴
新大陸にすむ最大のネコ科動物で、一見するとヒョウと似ています。しかし、頭部が大きく手足および尾が太く頭胴長の3分の1程度で全体的にずんぐりとした感じで明らかに違います。体色は淡黄色から黄褐色の地色に、黒い斑点を同じく黒い輪で囲む斑紋が特徴です。体の下部は白く黒い斑点があります。耳は小さくて丸く、トラと同様に背面に黒色で縁どられた白色の虎耳状斑があります。全身が黒色の黒変種もしばしば見られます。毛は短めで粗く喉部、胸部、腹部、4肢の内側は厚く生えています。虹彩は淡黄色から黄褐色で瞳孔は丸く収縮します。亜種により体格差が大きく違い、体長(頭胴長)は116~170cm、体重は31~121kg、尾長44~80cmでメスはオスより10~20%ほど小型です。ベネズエラでの調査では、体重がオス90~120kg、メス60~90kgの報告もあります。4肢は力強く、指向性で前肢に5本の指があり、第1指は小さく他の指より高い位置にあります。後肢には4本の指があり、それぞれに引っ込めることのできる鋭い鉤爪があります。70頭で調べた足跡の大きさは、前足の平均が長さ9cm、幅10cm、後足の平均は長さ9cm、幅9cmでした。永久歯の歯式は、門歯3/3、犬歯1/1、前臼歯3/2、臼歯1/1、合計30本ですが、乳歯は、門歯3/3、犬歯1/1、前臼歯3/2、合計26本です。犬歯の長さは約2.4cmです。乳頭は2対あります。
えさ
トラやライオンは獲物を倒すときに喉部を咬んで窒息死させますが、ジャガーの場合、強烈な前肢のフックが相手のこめかみにヒットすれば頭部を陥没させることができます。獲物はほとんどの動物が対象となりますが、トラ以上に泳ぐのが上手で小島の間を泳いで渡り、水中にいるヘビも餌となります。カピバラも主食ですが、多くは4歳くらいまでの子どもを狙います。カメはほぼ全種が捕殺対象となり硬い甲羅も噛み砕くことができます。大きな獲物の場合はより安全な場所へ移動させる時がありますが、11の捕殺例では平均87mをくわえて引きずっていました。大型動物の場合、はじめは舌、頸部、前駆からを食べ始めて、それから心臓、肝臓、脾臓などの内臓を食べ、骨、皮、蹄、爪などほぼ全身を食べつくします。ジャガーは通常トラやピューマのように獲物を薮などに隠しませんが、食べ残した獲物を藪の中や少し離れたところに穴を掘って埋めて保存する時もあります。驚かされたり獲物が多い場合は食べないで、その場から離れる時がありますが、数時間で戻ってきたり、3日後に戻ってきた例も報告されています。
ジャガーの餌としては85種以上が報告されていますが、1kg以下の哺乳類が主食でした。他に爬虫類、両生類、鳥類、魚類、甲殻類、植物も食べます。おもな種類としては、ペッカリー、カピバラ、パカ、アグーチ、マザマジカ、ヌマジカ、バク、サル類、オセロット、ヤマアラシ、スカンク、キンカジュウ、オッポサム、ネズミ類、カワウソ、ナマケモノ、アルマジロ、アリクイ、イグアナ、メガネカイマン、アナコンダ、ボア、カメ、カエル、ナマズ、サカナ、カニ、他にも草、アボガドなどが挙げられます。ベリーズでは乾季には、雨季よりさらに多くの種類の餌を食べると報告されています。
繁殖
飼育下では繁殖期は決まっていませんが、生息域の北部や南部の一部では繁殖シーズンがあります。パラグアイでは主に11~12月、ブラジルでは12~5月、アルゼンチンでは3~7月、メキシコでは7~9月、ベリーズでは6~8月とそれぞれ違っています。発情周期は22~65日で平均37日、発情は6~17日間続きます。妊娠期間は93~105日で、1産に1~4子、23回の出産例で52%が2頭でした。生まれた時の子どもは柔らかく長い毛におおわれており、体色は淡黄色で濃い斑点模様があります。体長は約40cm、体重は700~900gで平均800gです。体重は生後50日齢まで1日に平均48g増加していきます。門歯は上顎が生後11~23日齢、下顎は生後9~19日齢、犬歯は上顎が生後約30日齢、下顎は生後36~37日齢で萌芽します。ふつう目は閉じて生まれ、3~13日齢で開眼しますが、出産当日開眼した飼育下の例も報告されています。生後数週間は甘え声ですが、生後3~6ヶ月齢になると、ガーガーと言う声を出すようになります。約1歳で繁殖に出す声以外ほとんどの声が発生できるようになります。授乳期間は生後5~6ヶ月齢までで、成獣になる2歳頃まで母親のもとに留まります。性成熟はオスで3~4歳、メスでは2~3歳です。長寿記録としてはフランスのロワイヤンにあるパルミラ動物園で、1966年3月1日から1992年8月15日まで飼育された個体(メス)の飼育期間26年5ヶ月、推定年齢28歳という記録があります。
外敵
死亡原因の多くは人間による捕殺ですが、幼獣はジャガーのオスにも殺されます。このほかピューマや大型のクロコダイル、アナコンダにも殺されます。
亜種
現在は生息地による違いから8亜種に分類するのが一般的ですが、遺伝学的にも形態学的にも亜種間の差がないとする説もあります。
データ
分類 | 食肉目 ネコ科 |
分布 | 合衆国の南西部、中央アメリカ、南アメリカ |
体長(頭胴長) | オス・メス 116~170cm |
体重 | オス 37~121kg メス 31~100kg |
尾長 | オス・メス 44~80cm |
メスはオスよりおよそ20%小さい。 | |
絶滅危機の程度 | 現在はメキシコの大部分と中央アメリカの大部分、およびその境界線では絶滅しています。また、ブラジル東部のほとんどの地域、ウルグアイ、アルゼンチンの北部以外では大幅に減少しています。ジャガーの減少理由は、他の大型ネコ科動物と同様に、生息域の損失、分断、家畜を襲うための駆除、美しい毛皮や薬用目的の捕獲などがあげられます。 全体的にみるとジャガーは各地で大幅に減少していますが、生息地が広いことからIUCN(国際自然保護連合)発行の2013年版レッドリストでは、現在のところは絶滅の恐れは少ないが、近い将来その恐れがあるとして、近危急種(NT)に指定されています。一部は国立公園で保護されていますが、密猟もあり将来が憂慮されています。 |
主な参考文献
林壽朗 | 標準動物図鑑全集 動物Ⅰ 保育社1968 |
今泉忠明 | 野生ネコの百科 データハウス 1993 (p128-133) |
今泉吉典 | 世界哺乳類和名辞典 平凡社 1988. |
成島悦雄 | ネコ科の分類 In世界の動物 分類と飼育2食肉目 (財)東京動物園協会 1991. |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.1, The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999. |
Nowell, K. & Jackson, P. (ed) | Wild Cats―Status Survey and Conservation Action Plan IUCN 1996. |
Seymour,K.L. | Mammalian Species . No.340, Panthera onca, The American Society of Mammalogists. 1989. |
Wilson, D. E. & Mittermeier, R. A.(ed) | Handbook of The Mammals of The World. Vol.1 Carnivores. Lynx Edicions 2009. |