ネコ科
ヒョウ
ネコ科ヒョウ属には5種が含まれ、この中でヒョウは分布域が最も広く、アフリカのサハラ砂漠以南から北アフリカ、アラビア半島、中東、中部以南のアジア、極東ロシアまで分布しています。低地の森林や草原、雑木林、熱帯雨林から温帯落葉、高山針葉樹など全ての森林タイプに住み、餌となる動物が住んでいれば砂漠や寒冷な山地にも生息し、アフリカのキリマンジャロ山では標高5,638m地点で、ヒマラヤからパキスタンの山岳、カシミールにかけては標高5,200m付近で姿を見ることができます。インドでは常緑樹や落葉樹、竹林の混合林、マレーシア半島、スリランカなどでは、熱帯雨林をはじめ水路に沿った林や深い草むらに生息しています。そして、都市部の郊外にも生息し家畜の脅威となっています。夜行性ですが活発に活動するのは朝夕の時間帯が多く、日中も狩りをすることがあります。昼の暑い時間帯は樹上や、藪の中、岩の隙間などの日陰で休息します。生息環境の厳しいナミビア、サハラ、シナイ、アラビアなどの砂漠では日中の外気温が70℃に上昇しますが、穴や藪に入り暑さをしのぎます。乾燥にも強く10日間も水を飲まずに生きのびることができます。一晩の移動距離は25km程度ですが、環境が騒がしく落ち着かないところでは75km位まで、また短い例では、南アフリカとタイにおいてラジオテレメトリーを付けた調査で、わずか1~2kmの報告もあります。
行動圏の大きさはさまざまでセレンゲティでは、1頭のオスが複数のメスと同じ行動園にすみ、メスも又、少なくとも4頭のオスと関わっていました。アフリカのツァボ国立公園で10頭のヒョウにラジオテレメトリーをつけ、3年間調査したところ、9~6km²で、1度に行動圏の半分しか使わず、約70%が他個体と重複していました。一方、極東ロシアでは、メス2頭の行動圏がそれぞれ33km²と62km²、オスでは少なくとも280km²でした。餌となる動物が極端に少ない地域ではメスの行動圏は128~487km²、カラハリ砂漠ではオスで800km²に達すると推測されています。スリランカのウイルパツー国立公園における行動圏は8~10.5km²で、その中にオスはなわばりを持ち、鳴き声や境界線上の大きな樹の幹や地上から2~3mの太い枝を爪で引っ掻き、あるいは排泄物による匂い付けでなわばりを守っていました。繁殖期以外は単独で生活していますが、オスの中にはメスの出産後に一緒に狩りを行い、育児に手をかす個体もいます。コミュニケーションの一つは鳴き声で、子ども時代はネコと同じようにニャーニャーと鳴きますが、成獣になると短くしわがれた咳こむような声を数回繰り返しなわばりの主張を行い、直接闘争することはほとんどありません。通常、ゆっくりと歩きますが、狩りや外敵から逃げる際には、短距離ならば時速60kmで走ることができます。さらに水平に6m以上跳び、木登りがうまく獲物を咥えたまま垂直に3m跳びあがることができます。トラほどではありませんが泳ぐことも上手で視力と聴力も鋭く、嗅覚はトラより発達しているようです。
からだの特徴

なんともきれいな模様のおかげで、藪に入ると草食獣からヒョウの姿は見えないのです。怖いですね・・・。写真家 大高成元氏撮影
体はしなやかで体幅は狭く胴長で4肢は短めでがっしりとして、頭部は横に広く頑丈な顎と長い犬歯を持っています。体の色と模様は変化に富み、地色はふつう淡黄褐色から淡褐色に黒い斑点が点在しています。頸部、肩部、下腹部と4肢の内側の地色は白色で黒斑があり、頭部と4肢の斑点は小形です。背中やわき腹は斑点が集まりバラ斑を作りますが中に黒点はありません。これらの模様は保護色となる一方で、動物を襲う際、周囲の環境に溶け込み気づかれずに接近することができます。尾は長くて頭胴長の半分以上あり、樹上生活や獲物を捕らえる時にバランスをとるのに役立っています。尾には黒色の縞模様や斑紋があり、先端の上側は黒色で下側は白色となっていて後ろからついてくる子どもの目印になると推測されます。被毛は2層で細く密な下毛と粗い上毛でおおわれています。寒い地方に分布する亜種は毛が長く下毛が密に生え、暑い地域の亜種は反対に短くて粗くなっています。耳は短く丸くて、後ろ側の基部は黒色です。口の周りと頬の毛は固くて長く鋭い感覚器官としての働きを持っています。指は前肢に5本、後肢には4本で、それぞれにかぎ爪があり自由に爪を引っ込めることができ、足底の肉球はとても柔らかく足音を立てずに歩けます。ヒョウ属は舌骨の一部がじん帯になっているので、咽頭を上下に動かすことが可能となり大きな声を出し、一方ネコのように喉をゴロゴロ鳴らすこともできます。頭胴長100~190cm、尾長70~95cm、体重28~90kgです。永久歯の歯式は、門歯3/3、犬歯1/1、前臼歯3/2、臼歯1/1で合計30本です。大きな肛門腺があり排泄の際匂いを付着させることで、なわばりの主張や発情のサインとなります。舌の表面には後ろ向きに乳頭突起があり肉を骨からそぎ取る役割を果たしています。乳頭は4個あります。
クロヒョウと呼ばれるのは、ヒョウの黒変種でインド南部やマレー半島、スリランカ、エチオピアなど高温多湿の地域に多く見られます。幼獣のときは黒斑が判りやすいのですが、成長につれてぼやけてきます。
えさ
主食は哺乳類で体重が5~45kgの小型から中型の有蹄獣、霊長類、家畜などですが、種類は生息地によって異なります。これらの大きな獲物を捕らえることができない場合、げっ歯類、ウサギ、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、昆虫、節足動物まで餌とします。大型動物の場合は樹上や物陰で待ち伏せたり、足音を忍ばせたりして近寄り不意に襲い喉に食いついて窒息死させます。小型の獲物は背後から跳びかかり背骨を折ったり、頸部に咬みついたりして仕留めます。1回で食べきれない大きな獲物は樹上に引っ張り上げて枝に引っ掛けておきます。1頭のヒョウは、体重およそ125kgのキリンの子どもを5.7mの樹上に引っ張り上げました。樹上に引き上げることで外敵のライオン、ハイエナやリカオンから餌や子どもを守ることができます。アフリカのクルーガー国立公園ではインパラが主食で78%を占めており、平均して週に1回インパラを殺していましたが、もっと大きな獲物を倒したときは最長で19日間食べ続けました。南アフリカのロンドロジ保護区では330日間で10kg以上の体重の獲物を28回殺しました。カラハリでは獲物の65%がスプリングボックで、オスは3日に1回、子どものいるメスは1.5日毎に殺していました。自分の体重の2~3倍の有蹄獣を倒す一方で、小型の獲物も食べ、サハラ以南では獲物として92種類が知られています。1976年にケニアのツァボ国立公園で行われた調査では排泄物の分析結果から、げっ歯類35%、鳥類27%、小型のアンテロープ27%、大型のアンテロープ12%、ハイラックスとノウサギ10%、節足動物18%の報告もあります。大型動物の1例として体重が900kgに達するオスの成獣のエランドの記録もありますが、老獣か傷病個体かもしれません。霊長類もアフリカやアジアに生息する10~12種類が報告され、地上にいるヒヒの仲間やインドのハヌマーンラングールの名前が良く上がっています。その他、イスラエルのジュディアン砂漠における主食はイワハイラックスで、続いてアイベックスでした。バルチスタンでは主に若いラクダを襲い、トゥルクメニスタンでの主食はイボイノシシやトゥルクメニスタンヒツジです。生息域にすんでいる動物はほとんどが対象となるので中国ではジャイアントパンダやヒマラヤやアッサムに生息するやレッサーパンダも獲物の中に入っています。村の近くに住む個体はイヌ、ネコ、家畜のヒツジ、ヤギ、子ウシ、ブタも殺します。
繁殖
アフリカとインドの大部分では決まった繁殖期はありませんが、ユーラシアの北方地域では交尾期は12月から2月、出産期が3月から5月でした。南アフリカでは乾季の終わりに近い7月から10月に多くのオスとメスが一緒にいるのが観察されました。出産間隔は1~2年で平均15ヶ月です。発情周期は平均46日で、発情は6~7日続きます。妊娠期間は90~105日で、出産は洞窟、岩の割れ目、木の洞、繁みなど隠れた場所で行われます。1産1~6頭で通常2~3頭を出産します。生まれたばかりの子どもの体重は400~630g、目は閉じて生まれ5~10日齢で開眼します。生後2ヶ月齢頃から肉を食べはじめますが、授乳は生後3ヶ月齢まで続きます。子どもがひとりで狩りができるまで母親は一緒に行動します。子どもは最初のうちはハイラックス、ウサギ、小鳥などの小型の獲物を狙い、徐々に大きな有蹄獣やヒヒやサルを狙います。生後18~24ヶ月齢で母親と別れますが、しばらく母親の行動圏内に留まっています。初産は平均生後35ヶ月齢、オスの性成熟は2~3歳で、成獣の体格になるのは約3歳です。国内の動物園における人工哺育の例によれば、2頭の新生児に肉をミンチにしてエスビラックに混ぜて与えたところ、1頭は生後32日齢、他の1頭は43日齢で少しずつ食べはじめ、60日齢頃から薄切り肉を食べた記録があります。
長寿記録としては、スペインのマドリード動物園で1976年7月14日に生まれ、2003年12月2日に死亡した個体(メス)の27歳4ヶ月という記録があります。
主な減少要因
過度の開発による生息地の消失と分断により、餌となる動物が減っただけでなく生息地の環境が非常に悪化したことが大きな原因と考えられています。その他に美しい毛皮をとるため、あるいはアフリカでは毛皮と犬歯がまだ伝統的な儀式で使用されるため売買されていること、西アジアでは、家畜のヒツジ、ヤギ、牛、ペットのイヌ、ネコを守るための密猟が絶えないことなども減少の原因にあげられます。
亜種
亜種の分類については諸説あり、今泉吉典博士は7亜種に分類していますが、その他9亜種、さらに細かく24亜種に分類する学者もいます。
データ
分類 | 食肉目 ネコ科 |
分布 | 主としてサハラ以南のアフリカとアジア南部に分布し、その他に北アフリカ、アラビア半島、中東、極東ロシアに小さな個体群が点在しています |
体長(頭胴長) | 100~190cm |
体重 | オス 37~90kg メス 28~60kg |
尾長 | 70~95cm |
絶滅危機の程度 | 国際自然保護連合(IUCN)発行の2013年版のレッドリストでは、アムールヒョウは2007年の調査結果では成獣が14~20頭、幼獣が5~6頭で絶滅寸前種(CR)、ジャワヒョウとアラビアヒョウもやはり絶滅寸前種(CR)に、スリランカヒョウとペルシャヒョウが絶滅危惧種(EN)に指定されています。他の亜種は現在のところは絶滅のおそれは少ないとして近危急種(NT)に指定されています。クウェート、リビア、シンガポール、シリア、チュニジアではすでに絶滅したと報告されています。またワシントン条約では付属書の第Ⅰ表に該当し国際商取引の禁止対象種となっています。 |
主な参考文献
Estes, R.D. | The Behavior Guide to African Mammals. The University of California Press. 1991. |
林 壽朗 | 標準動物図鑑全集 動物Ⅰ 保育社 1968. |
今泉忠明 | 野生ネコの百科 データハウス 1993. |
今泉吉典 監修 | 世界哺乳類和名辞典 平凡社1988. |
ジョン・ボネット・ウェクソ編 増井光子訳・監修 |
ライオン/ネコ 誠文堂新光社 1985. |
Nowell, K. & Jackson, P. (ed) | Wild Cats―Status Survey and Conservation Action Plan IUCN 1996. |
成島悦雄 | ネコ科の分類 In世界の動物 分類と飼育2食肉目 (財)東京動物園協会 1991. |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.1, The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999. |
祖谷勝紀 | ヒョウの人工哺育 どうぶつと動物園 Vol. 17 No.10 , (財)東京動物園協会 1965. |
Wilson, D. E. & Mittermeier, R. A.(ed) | Handbook of The Mammals of The World. Vol.1 Carnivores. Lynx Edicions 2009. |