ネコ科
ネコ科の分類は学者によって異なりますが、本シリーズは基本的に今泉吉典博士の分類に従い、ネコ属32種、イリオモテヤマネコ属1種、ヒョウ属5種、ウンピョウ属1種、チーター属1種、合わせて5属40種類とします。
ネコ科の動物はオーストラリアと南極大陸以外はほとんど世界中に分布しています。分布域は低地からおよそ3,000mの高山まで、また、砂漠、草原、森林、山間部、伐採林、叢林などで、生息域によって種ごとに体のつくりに特徴が見られます。スナネコは足裏に厚い毛が生えていて暑さから足を守り、スナドリネコは前足に小さな水かきがあり泳ぐのが得意で水中まで潜ってエビや魚をとらえます。チーターは俊足を駆って獲物を追いつめ、ウンピョウやマーゲイは木登りが上手で樹上にいる獲物をそれぞれ捕えることができます。多くの種の体はしなやかで、通常前肢に5本、後肢には4本の指があり、出し入れのできる(チーターを除く)鋭い鉤爪をもち、獲物を引っかけて捕えることができます。顎の筋肉が発達し、強力な犬歯は獲物を仕留めるために使いますが、上顎の第4前臼歯と下顎第1臼歯は鋭く尖り、肉を裂くときに使い裂肉歯と呼ばれています。歯式は門歯3/3、犬歯1/1、小臼歯2-3/2、臼歯1/1で合計28~30本、普通は30本ですが、オオヤマネコ、サビイロネコ、イリオモテヤマネコなどは28本あり、前臼歯は進化と共に減少傾向にあります。舌の表面には乳頭突起があり触るとヤスリのような面に感じられますが、骨についた肉を舐めとるときや毛の汚れを舐めとるときに役立つと考えられています。長い尾がある種類では方向転換時にバランスを取り、寒暖の厳しい地域では放熱や体に巻きつけることで暖を取るときなどに役立っています。聴覚は鼓膜の中の振動を増幅する聴胞が発達しているのでわずかな音でも聞くことができます。ネコ科の動物は夜行性の動物が多いのですが、眼底にある反射板(タペータム)で光を増幅するので、わずかな光でも獲物を見つけることができ、とりわけ動体視力に優れています。肛門嚢(のう)も発達しており排泄物に付着した匂い成分から発情の情報などをで得ています。繁殖期以外はほとんどの種は単独生活をしています。
ネコ属
今回はこれらの中から(1)ベンガルヤマネコ (2)ピューマ (3)オセロット (4)サーバルキャットの4種について紹介していきましょう。
ベンガルヤマネコ
北は中国中部、ヒマラヤから南はインド、マレー半島、フィリピン、ボルネオ、ジャワ、バリ、タイワンなどの東南アジア諸国に広く分布しています。ヒマラヤの3,000m級の高地から海岸まで広い高低差の森林、低木林、低地のジャングル、丘陵地、山地に生息しています。水場を好み泳ぐのも巧みで水中にすむ生物も餌となり、木登りも上手でタイではおよそ20mの樹上でも観察されています。基本的に夜行性で夕暮れから明け方まで活動しますが、タイの山中では昼間の活動も報告されています。ふつう日中は巣穴としている樹洞、岩の隙間、大木の根元などで休んでいますが、ボルネオでは、繁殖時にのみ利用するとの報告もあり、生息環境により違うかもしれません。足が短く深い雪の中を移動するのに向いていないので、雪の深さが10cmをこえる地域には生息していないと言われています。行動圏についてはラジオテレメトリーの調査によれば、タイのフワイ・カーケン野生生物保護区では1.5~7.5km²(平均4.33km²)、ボルネオ島サバ州のタビン野生動物保護区では4頭のオスが2.64~3.8km²、2頭のメスは1.93km²と2.25km²でした。タイでの4頭のラジオテレメトリーによる調査では、1日の移動距離は0.5~1.0kmでした。タビン野生生物保護区では乾季には1晩でオスは平均1.72km、メスは1.27km移動しましたが、雨期にはオスが1.06km、メスは0.87kmと狭くなっていました。声によるコミュニケーションについて、人工哺育の報告例によれば、イエネコのように頻繁に鳴くことはなく、オス、メスともに小さな声で鳴き、発情中オスが一声「アオ―」と鳴いたと報告しています。
分布が広いために、地域によって体の大きさや斑紋などに大きな差があるので9亜種程度に分類されています。
からだの特徴
体の上部は明るい黄茶色で腹部は白色で、体全体に斑点があります。耳は大きくて先端は丸く、背面には白い虎耳状班があります。前額部から両肩にかけて4~5本の暗色の縞がありますが、背の途中で斑点に変ります。北方に生息する個体は長毛が密に生え全体に淡い色をしていますが、南方の個体は粗く短い毛が生え、黄色や茶褐色が濃くなります。瞳孔はイエネコと同様に縦長で楕円形に収縮し、虹彩は黄褐色です。メスよりオスの方が大きく、ボルネオなどの南方産の個体より北部の個体の方が体は大きくなります。全体的にみると体長は45~55cm、尾長23~29cm、体重3~5kgです。前肢には5本、後肢には4本の指があり引っ込めることのできる鉤爪をもっています。足裏には肉球があり、獲物に音を立てないで近づくことができます。雌雄ともに肛門嚢(のう)があり、とくに発情中のオスは頻繁に匂いつけを行います。歯式は門歯3/3、犬歯1/1、小臼歯3/2、臼歯1/1で合計30本です。乳頭数は2対です。
えさ
クマネズミなどのネズミのなかまや、トガリネズミ、ノウサギからリスやシカの子ども、モグラ、オオコウモリなど小型の哺乳類、地上性の鳥類と卵、カエル、トカゲやヘビ、魚類、カニ、時には死肉を食べることもあります。
繁殖
繁殖期はアジア南部の個体は年中繁殖しますが、北部では5月に繁殖しています。国内における飼育下の繁殖例では、3月に4日間の発情がみられ数回交尾し5月出産予定でしたが流産、その後9月に再び4日間の発情中に交尾して11月に3頭を出産した、と報告しています。妊娠期間は63~66日、ふつう1産で2~3頭です。生まれたばかりの赤ちゃんは体重が75~130gで、綿毛が生えており生後1.5ヶ月齢で成獣の毛に変り始めます。子どもは目が閉じて生まれ、生後10日~15日齢で目が開きます。生後2週齢で体重が出産時の2倍になり、生後3ヶ月齢で1.5kg前後になります。乳歯は生後3~4週齢で生えはじめ、生後4~5ヶ月齢で永久歯に代わります。固形物の肉は生後約4~5週齢で食べ始めます。性成熟は飼育下では生後8ヶ月という早い記録もありますが、野生では通常2~3歳です。
長寿記録としては1984年8月16日にドイツのライプチヒ動物園で生まれ、2001年4月19日に死亡した個体(メス)の16歳8ヶ月、1978年5月9日にシンシナティ動物園で死亡した個体(メス)の飼育期間13年4ヶ月、推定年齢17歳があります。
外敵
人間の他には、野生の天敵として、ヒョウ、シマハイエナ、オオカミ、ドールなどがいます。
日本に分布する野生ネコ
我が国には西表島と対馬に次の2種が分布しています。
イリオモテヤマネコ属 イリオモテヤマネコ
沖縄県の西表島のおよそ標高200m以下の河川やマングローブ林、農耕地などの近くに水場がある地域に多く、山岳部には少数がいます。体色は背が濃茶色、側面に灰褐色の地に暗褐色の斑紋が散在し全体的に濃く、腹面は淡色です。繁殖期以外は単独で生活し、基本的に夜行性で、朝と夕方に活動のピークがあります。ネズミ類、イノシシなどの哺乳類、鳥類がおもな餌ですが、そのほかにトカゲ、ヘビなどの爬虫類、カエルなどの両生類、昆虫類も食べます。849個の糞の分析結果から95種類の食物が見つかったとの報告があります。行動圏はオスで2~3km²、メスが1~2km²でした。オス、メスともに排尿によるマーキングで匂いつけをしているのが見られるので、行動圏となわばりが同じではないかと考えられています。体長は50~60cm、尾長23~24cm、体重3~4kgです。
1967年に新種記載され、1972年に国の天然記念物、1977年に特別天然記念物、1994年に国内希少野生動植物種に指定にされています。1994年に生息数が100頭前後と推定され、その後大きな変化は認められていません。
西表島は90%以上が森林に覆われ森林生態系保護地域が設定されていますが、主な生息地である東部から北部の低地部が含まれていないとの指摘もあります。現在、1995年に開設された西表野生生物保護センターが中心となり調査研究、保全活動を進めているほか、林野庁と民間団体も共に保護活動や啓発活動を行っています。
分類について
イリオモテヤマネコは第3~5頚椎の棘突起が痕跡的で、前頭洞がなく、肛門嚢(のう)が肛門側方の裸出部に開く点など他の現生ネコと違うと考えられることから、ここでは独立種として扱いました。しかし、近年ミトコンドリアDNA鑑定結果からベンガルヤマネコと近縁とする判定結果が得られ、環境省もこの説に従いベンガルヤマネコの日本固有の亜種としています。環境省が2012年に発表した最新のレッドリストでは、ごく近い将来に野生での絶滅の危険性が極めて高いものとして、絶滅危惧IA類(CR)に指定されています。
ネコ属 ツシマヤマネコ
ここでは独立種としましたが、環境省はミトコンドリアDNA鑑定結果に基づきベンガルヤマネコの1亜種と認定しています。長崎県対馬、朝鮮、中国東北部、アムール川流域に分布しています。体長は60~83cm、尾長25~44cm、体重3.5~6.8kgです。体色は灰褐色で、暗褐色の不明瞭な斑点が全体についています。日没から数時間と17時~21時に活動のピークがあると言われています。主にネズミ類やリス、ウサギのほかに水鳥、カエル、ヘビ、昆虫類などを食べています。5頭のメスと1頭のオスの行動圏は平均0.83km²でした。長崎県対馬には1997年時点で70~90頭が生息し、国内希少野生動植物種に指定され、飼育下繁殖を含む保護増殖事業等が進められています。年々減少傾向が続いていますが、その原因は過去の生息地の落葉広葉樹林が伐採され、植生が針葉樹に代わり主食となっていたネズミ類が減少したことが挙げられます。この他開発により道路が整備されると交通事故や、イエネコからの病気感染などが挙げられます。
環境省は2012年に発表した最新のレッドリストで、ごく近い将来に野生での絶滅の危険性が極めて高いものと判断して絶滅危惧IA類(CR)に指定しています。
データ
分類 | 食肉目 ネコ科 |
分布 | 中国中部、インド、ヒマラヤから南は南アジア諸国 |
体長(頭胴長) | 45~55cm |
体重 | 3~5kg |
尾長 | 23~29cm |
絶滅危機の程度 | ベンガルヤマネコは分布域が広く、個体数も多いことから、現在のところは絶滅の恐れは少ないと判断され、IUCN(国際自然保護連合)発行の2012年版のレッドリストでは低懸念(LC)種にランクされています。インド、バングラデシュ、タイ国産はワシントン条約付属書I表、他の国のものも付属書Ⅱ表に該当し商取引の輸出入の規制対象動物となっています。 |
主な参考文献
林 壽朗 | 標準動物図鑑全集 動物I 保育社1968 |
今泉吉典 監修 | 野生ネコの百科 データハウス 1993 |
今泉吉典 監修 | 世界哺乳類和名辞典 平凡社1988 |
Nowell, K. & Jackson, P.(ed) | Wild Cats―Status Survey and Conservation Action Plan― IUCN 1996 |
ジョン・ボネット・ウェクソ編 増井光子訳・監修 |
ライオン/ネコ 誠文堂新光社 1985 |
成島悦雄 | ネコ科の分類 In世界の動物 分類と飼育 □2 食肉目:今泉吉典 監修、 (財)東京動物園協会 1991 |
那波昭義 | ヤマネコの繁殖について どうぶつと動物園 Vol.18 No.2(財)東京動物園協会 1966. |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.1, The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999. |
Wilson, D. E. & Mittermeier, R. A.(ed) | Handbook of The Mammals of The World. Vol.1 Carnivores. Lynx Edicions 2009. |