シマハイエナ属
1属2種、カッショクハイエナとシマハイエナがいます。カッショクハイエナの概略とシマハイエナについて紹介しましょう。
カッショクハイエナ
アフリカ南部に分布していますが現在は南端部にはいません。乾燥した岩の多い草原やサバンナの低木林などが主な生息場所です。ブチハイエナとシマハイエナの中間の大きさで、体長は110~140cm、体重35~50kgになり、オスの方が10%前後大きくなります。頸部にはおよそ25cmのたてがみがあり、背中には長く粗い毛が生えています。4肢には縞がありますが背にはありません。1頭の優位オスと劣位の3~4頭のオス、4~6頭の成獣メスとその子どもでクランをつくり、雨期のなわばりは約170km²です。ブチハイエナとシマハイエナは肛門腺の分泌成分は同じですが、本種は左右で異なる2種類の分泌液を出して匂いつけをするところが特徴の一つです。夜行性で、主食は腐肉のため単独で探しに出かけ、大きな食物は藪の中に隠します。妊娠期間は約3ヶ月、繁殖期は8月~11月、1産に2~5頭です。母親は他個体の子どもにも授乳し、成獣のメスは餌を巣穴まで持ち帰り分配します。共同育児をすることでクランを形成すると考えられています。国際自然保護連合(IUCN)発行の2012年版のレッドリストでは、すぐに絶滅する恐れは少ないが、将来的にはその恐れがあると判断され準絶滅危惧種(NT)にランクされています。
シマハイエナ
ハイエナの仲間でアフリカ以外にも生息する唯一の種類です。アフリカのサハラ砂漠以北、アラビア半島、中東、コーカサス地方、インド、ネパールにいたるまで広く分布しています。生息環境はカッショクハイエナと類似しており、乾燥した地域、岩場のある草原、開けた雑木林、サバンナの森林などで、イランでは標高2,250m、インドでは標高2,500mパキスタンでは標高3,300mの高所でも見られます。砂漠は避け、10km以内に水場が必要です。夜行性で餌はふつう1頭で探しに出かけますが、主食が他の動物が殺した動物の余りや小動物のためにこの方が有利なのかもしれません。社会構成の詳しい研究は少ないのですが、基本的に単独生活をしており、繁殖期にのみ、つがいや親子の小グループの存在が報告されています。同じ群れの仲間の行動圏は85%が重複していましたが、他の群れとは22%のみでした。セレンゲティの行動圏の調査ではオスが約72km²、メスが約44km²で、他にも8頭のメスの平均が71km²、12頭のオスでは平均82km²などがあります。なわばりについての報告もまた少なく、行動圏内にある繁殖用の巣穴のまわりの草、木の幹、石に肛門腺からのペースト状の分泌物を塗りつけるほか、排便後指間腺のある前足で土を掻き回し匂いをつけるので、なわばりと考えられています。この他行動圏内の餌探しのルートにも時々匂いつけをしますが、それがなわばりか否か明確ではありません。セレンゲティの調査で、餌を探すために一晩で平均およそ19km移動しましたが、この時の速度は最低時速2~4km、小走りで時速約8km、最高速度は時速約50kmでした。アフリカの場合、他の肉食獣との力関係はヒョウと同じ程度で、アフリカ以外ではトラが天敵ですが、トラの子どもはシマハイエナが天敵となります。挨拶行動の1つに個体が出会った時は、肛門嚢(のう)を5cmくらい裏返して相手に見せる行動や背中の毛を逆立てながら相手の頭部や背の匂いを嗅ぐ行動が見られます。攻撃姿勢ではたてがみや尾を起立させて威嚇します。個体間で交わす鳴き声はブチハイエナのような大きな笑い声ではなく比較的静かで、低いうなり声や鼻を鳴らす声、母親が子どもと交わす声があります。死肉や他の多くの種類の餌を探すために必要な視覚、聴覚、嗅覚はそれぞれ優れています。
からだの特徴
体の大きさはハイエナ亜科の中で最も小型ですが体形はがっしりとしています。体長は100~120cm、体重25~55kg、尾長は25~45cmで、オスの方がメスよりも少し大きくなります。頸部は長く、4肢は細めで後肢に比べ前肢が長いため頭部から腰部にかけて傾斜しています。各肢には5本の指があり、耳は大きくて先端が尖っています。体色は灰色から明るい褐色、赤味のかかった色まで多様で、胴部と4肢には黒い横縞があります。黒色の長いたてがみは起立させると外見を30%大きく見せることができます。喉部の黒いパッチ部の皮膚は厚く毛が密に生えています。たてがみは13~25cmありますが、他の部分の毛の長さは4~10cmです。夏毛は短く下毛が消失します。歯式は、門歯3/3、犬歯1/1、前臼歯4/3、臼歯1/1で左右上下合わせて34本です。乳頭数はふつう2~3対あり、メスの外部生殖器はブチハイエナのように特殊化していません。肛門腺と指間腺が発達しており、匂いつけや挨拶行動のときに使います。
えさ
主食は死肉を中心とした雑食性で、ブチハイエナ、チーター、ヒョウ、ライオン、リカオン、トラなどが食べ残した死肉や、小型の脊椎動物、小型のワニ、鳥、卵、昆虫、メロン、ナツメヤシ、モモなどの果物、草、冬眠中のカメも掘り出し強い臼歯で甲羅も砕き食べることができます。他の肉食獣が食べない骨の部位も食べ有機物として補い、消化できない蹄、角、骨はペリットとして吐き出します。余った餌は一時藪や土の中、巣穴に隠します。この他、家畜のヤギやヒツジ、ロバも襲うことがあります。原産国ではスカベンジャー(腐肉食動物)とも言われ、ごみを家屋の外に出しておき処理させることもありますが、このことが人間と接触する機会を増しトラブルの原因ともなっています。
繁殖
年間を通じて繁殖しますが5月から9月が多くなっています。発情周期は40~50日との報告もあり、発情は1日間だけで、まれに2日間続きます。妊娠期間は88~92日。野生の産子数は1~5頭、平均2.4頭です。新生児の体重は約700g、耳と目は閉じて生まれ、目は生後5~9日齢で開き、歩行は8日齢頃からです。食肉目の仲間の多くは母親が性器を舐めて排泄をさせますが、シマハイエナも同様で自分で排泄できるのは生後26日齢頃です。生後30日齢で社会的な遊びを始め、この頃肉を食べ始めます。歯は生後33~36日齢で生えそろいます。巣穴から2週齢ころ出るようになりますが、授乳は1歳過ぎまで行われます。子どもは巣穴で母親が単独で育てます。性成熟は2~3才、早いものでは生後18ヶ月齢の場合もあります。出産前にメスは巣穴をより激しく掘るようになります。岩の割れ目やほかの動物の使った穴を使うことは稀です。巣穴の1つは入口の直径が40cmで、長さ4mのトンネルが高さ1.4mの小部屋に通じていて、ここからさらに5ヵ所の小部屋に通じており、各室には食べた骨が散らばっていました。イスラエルでは長さ約27mの巣穴もありました。出産後20~21日に次の発情が始まります。
国内では次の動物園でシマハイエナの繁殖例が報告されているのでその概略を紹介します。
〇多摩動物公園の繁殖:1964年8月9日出産。生まれたばかりの赤ちゃんは柔らかな白い毛が生え黒い縞があり、体長25cm、体重590gでした。生後9日齢で目が少し開き生後13日齢で見えるようになりました。生後76日齢で煮魚から鶏頭を与えはじめ、生後110日齢で離乳し、鶏頭、馬肉、煮イモ、小魚などに切り替えました。体重は生後150日齢で13kgになりました。
〇羽村市動物園の繁殖:1981年6月7日4頭出産。生後2日齢(6月9日)の1頭の体重は650gでした。生後5日齢で左目が少し開き、生後11日齢には両眼とも開きました。体重は生後48日齢で2.8kgになりました。生後48日齢で初めて肉を15g食べ、生後87日齢で離乳させて鶏頭と馬肉を主食に切り替えました。
長寿記録としては、エジプトのギザ動物園で1924年3月当時に生存していた個体(メス)の飼育期間22年11ヶ月、推定年齢25歳があります。
外敵
人間が最大の敵ですが、人間以外の野生動物の外敵としては、ライオン、トラ、ヒョウ、ブチハイエナがいます
亜種
生息地、大きさ、体色から次の5亜種に分類する学者もいます。
(1)インド (2)北西アフリカ (3)北東アフリカ (4)アラビア半島 (5)中東、コーカサス地方及びアジアの一部
データ
分類 | 食肉目 ハイエナ科 |
分布 | サハラ砂漠以北、アラビア半島、中東、コーカサス地方からインド、ネパールまで |
体長(頭胴長) | 110~120cm |
体重 | 25~55kg |
尾長 | 25~45cm |
絶滅危機の程度 | 過度の開発による生息地の破壊、家畜や農場を守るための毒餌やワナ、銃による駆除、その他に薬用や食料としても捕獲されてきました。このため、モロッコ、アルジェリア、チュニジアでは生息地の減少と肉食獣から追われて減少し、高所の一部に限定されています。野生の生息数は全体で5,000~14,000頭と推定されています。 各地で生息数は減少していますが、生息域が広大であることから、国際自然保護連合(IUCN)発行の2012年版のレッドリストでは、すぐに絶滅する恐れは少ないが、将来的にはその恐れがあるとして準絶滅危惧種(NT)にランクされています。 |
主な参考文献
Estes, R.D. | The Behavior Guide to African Mammals. The University of California Press. 1991. |
今泉吉典 監修 | 動物大百科 食肉類 平凡社 1986. |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.1, The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999. |
川口幸男 | ハイエナ科の分類. In. 世界の動物 分類と飼育□2 食肉目:今泉吉典 監修, (財)東京動物園協会 1991. |
桑原 久 | シマハイエナの人工哺育 どうぶつと動物園 Vol.17 No.3, (財)東京動物園協会 1965. |
Rieger,I. | Mammalian Species . No.150, Hyaena hyaena. The American Society of Mammalogists 1981. |
坂本一則 | シマハイエナの人工哺育 どうぶつと動物園 Vol.34 No.9, (財)東京動物園協会 1982. |
Wilson, D. E. & Mittermeier, R. A.(ed) | Handbook of The Mammals of the World, 1. Carnivores, Lynx Edicions 2009. |