クズリ属
本属はクズリ1種で、分布によってユーラシアクズリとアメリカクズリの2亜種に分類するのが一般的ですが、それぞれを独立種として扱い2種に分類する学者もいます。
クズリ
ユーラシア大陸のスカンジナビア半島、ドイツからシベリア北東部、モンゴル、中国東北部、サハリン、カムチャッカ、そして北米ではアラスカ、カナダからカルフォニア中部、コロラド南部、インディアナ、ペンシルバニアにかけて分布します。おもに針葉樹の茂ったタイガや樹木の生えていないツンドラで生活していますが、冬季は低地、夏は高地へと季節による移動がみられます。繁殖期以外は単独で暮らし、活動時間帯は主として夜行性ですが日中も活動することがあり、人間を避けるようにして生活しています。泳ぐことや木に登るのは上手ですが、木から木へ跳び移ることはありません。冬季には1日に45kmほど移動することが知られています。またギャロップで10~15km休憩なしで走り続けた調査例があります。私はかつて上野動物園で飼育中、雪が降り積もった日に、雪の上を音もなく舞うように跳ねているのを観察することができました。その様子からいかにも雪の生活に適応しているか垣間見ることができたのです。休憩場所として巣を使いますが、巣は岩の割れ目、樹の洞、倒木の下、ほかの動物が使った穴、深い雪の中に1~3m掘った穴や、出産するときは地面に5~15cmの浅い穴を掘ってそこに生むケースなどの報告があります。個体ごとに複数の穴を使い分け、穴の長さも1~40mとさまざまで、複数の出入り口もあります。行動圏はイタチ科で最も広く、オスは冬季に広くおよそ2,000km²に及び他個体の行動圏とも重複します。オスは繁殖期の間、その一部50~350km²をなわばりとして防衛します。肛門腺や腹部の腺からの分泌物を定期的に茂みや木に登ってこすり付けてマーキングし、なわばりを主張します。
からだの特徴

写真からもがっしりした体躯と鋭い爪がわかるでしょう! 強い猛獣の仲間です。写真家 大高茂元氏 撮影
体の大きさは、体長が65~81cm、体重はオスが平均15kg、メスは平均10kgで、オスのほうが約30%重くなります。体はがっしりとして、頭部は大きくて額は幅が広く、耳は小さく毛で被われています。体色は濃茶から黒色で、明るい茶色の帯が両側の肩から尻まで通り尾の基部でつながり、喉部から腹部、肢の一部に白いパッチがあります。体毛は全体的に長く密に生えており、冬の下毛は2~3cm、上毛は6~10cmあります。前足は短く頑丈で、それぞれ5本の指があり、掌は大きく前肢の爪の長さは2.4~2.6cmあってクマの手のようです。尾は21~26cmと短くて、長さ15~20cmもある長く厚い毛で被われています。夏には足裏に毛が生えていませんが、冬は毛で被われます。歩行は踵まで地面につけて歩く蹠行性です。臭腺は顔、腹部、尾、肛門周辺に分布し、肛門腺からの分泌物の匂いが排泄物に付着し、なわばりの主張や発情の状況などの情報源となります。下顎と犬歯は強力で、その咬合力はブチハイエナ並で餌となる大型の有蹄獣のトナカイやヘラジカの骨も噛み砕くことができます。そして、上顎の第3門歯もクマの歯のように大きく強力です。歯式は、門歯3/3、犬歯1/1、前臼歯4/4、臼歯1/2で左右上下合わせて38本です。嗅覚と聴覚は鋭敏です。乳頭は腹部と鼠径(そけい)部に合わせて4対あります。
えさ
肉食傾向が強い雑食性で、死肉、レミング、ヤマアラシ、リス、マーモットなどの齧歯類、ウサギ、鳥類とその卵、昆虫の幼虫、漿果、果実、種子などを食べます。冬季になり雪が積もるとヘラジカ、トナカイ、ノロジカ、アカシカ、野生のヒツジなど大型の有蹄獣も捕えます。獲物は鋭い嗅覚と聴覚を頼りにトナカイを1~8km追いかけて捕えた例も報告されています。1度に食べきれない場合は、獲物をバラバラに解体して雪や土をその上にかけて隠し、あるいは木の又にかけて貯蔵して後で食べます。
繁殖
交尾期の間は一夫多妻ですが、翌年も同じオスと配偶関係にある場合やテリトリーの関係などにより変わることもあります。年に1回、4月下旬から7月にかけて発情、交尾しますが、着床遅延があるために実際の受精卵の着床は11月から翌年の3月となります。出産は1~4月で、1腹の産子数は1~5頭と幅がありますが、通常2~4頭です。妊娠期間は、デンマークのコペンハーゲン動物園の場合215日、北米のダコタ動物園では272日でした。生まれたばかりの赤ちゃんの体重は90~100gで、白色の毛で被われています。目は閉じ、歯は生えていません。生後7~8週齢で固形物を食べ始め、10週齢頃に離乳します。成長が早く生後約7ヶ月齢で親と同じ体重になります。オスの子どもは次の発情頃には母親と離れますが、メスの子どもはその後も母親の近くにいることもあります。オスの性成熟は生後14~15ヶ月齢ですが、精子の形成は生後26~27ヶ月齢です。メスの初産は2歳頃です。
長寿記録としては、フィンランドのヘルシンキ動物園で2000年9月4日に死亡した個体(オス)の飼育期間19年3ヶ月、推定年齢19歳6ヶ月という記録があります。
外敵
人間以外の外敵としてはハイイロオオカミ、アメリカクロクマ、ヒグマ、ピューマ、イヌワシなどの大形の猛禽類があげられますが、特に幼獣やまだ経験の浅い個体は捕食されやすいと言われています。
データ
分類 | 食肉目 イタチ科 |
分布 | ユーラシア大陸、及び北米の北極周辺地域 |
体長(頭胴長) | オス72~81cm、メス65~68cm |
体重 | オス11.3~16.2kg、メス6.6~14.8kg |
体高(肩高) | 35~43cm |
尾長 | オス22~26cm、メス21~25cm |
絶滅危機の程度 | 分布が広く大きな個体群が残っている地域もあることから、現在のところは絶滅の恐れが少ないと判断され、国際自然保護連合(IUCN)発行の2011年版のレッドリストでは低懸念種(LC)にランクされています。しかし、現在も生息地の消失が進んでいる点や、毛皮用や家畜のトナカイを捕食する有害獣として駆除されている地域もあるので、引き続き生息数の推移を見守る必要があります。 |
主な参考文献
今泉吉典 監修 | 世界哺乳類和名辞典 平凡社 1988. |
今泉吉典 監修 | 動物大百科 食肉類 平凡社 1986. |
林 壽朗 | 標準原色図鑑全集 動物Ⅱ 保育社1981. |
齋藤勝・伊東員義・細田孝久・西木秀人 | イタチ科の分類.In.世界の動物 分類と飼育□2食肉目: 今泉吉典 監修,(財)東京動物園協会 1991. |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.1, The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999. |
Parker, S. P. (ed) | Grzimek’s Encyclopedia of Mammals, Volume 3, McGrow-Hill Publishing Company 1990. |
Pasitschniak-Arts, M. & Larivière,S. | Mammalian Species No. 499. Gulo gulo The American Society of Mammalogists 1995. |
Wilson, D. E. & Mittermeier, R. A.(ed) | Handbook of The Mammals of the World, 1. Carnivores, Lynx Edicions 2009. |