リーフモンキー属
今泉博士は本属を、ハヌマンラングール、スンダリーフモンキー、シルバールトン、ダスキールトンなど14種に分類しています。今回は皆さんになじみの深いハヌマンラングールについて紹介しましょう。本種は、ハヌマーンという名がインド神話に由来し、現在も民間信仰の対象となり保護しているため、野生群がヒンドゥー教寺院などを餌場にして生活しています。
ハヌマンラングール
インド、パキスタン、アフガニスタン、バングラデシュ、ネパール、スリランカの各地に広く分布しています。ヒマラヤ高地の標高1000〜3500mから、低地の沼沢林、竹林、低木林、マングローブ林、耕作地、半砂漠、乾燥した熱帯有棘林まで様々な環境に適応して生息しています。昼行性で、寺院近くにいる群れは一日の大半を地上で過ごし、夜間は高い樹上で寝ます。
群れで生活するグループは、1頭のオトナオスと5〜10頭のオトナメスとその子どもで構成されたもの、次に複数の雌雄と子どもたちが集まった群れ、そして、若いオスのみのグループが周辺部にいます。南インドの群れの調査報告によれば、オスは時々群れを攻撃し、平均して3年に1回、乗っ取りが起きたと報告しています。群れの大きさは生息地や季節によって異なり、100頭前後になることがあります。遊動域は0.2〜10km²、1日の遊動距離は360mです。仲間同士では19種類の声で交信していると報告されています。1962年に野生のハヌマンラングールを調査し、群れを乗っ取ったオスは離乳前の子どもを殺す行動が、杉山幸丸博士らによって報告され、それまで同種のサルの中では継子殺しはないと信じていた世界中のサル学者たちに衝撃を与えました。その後、野生のサルの調査が進むと他のラングールや、アカオザル、ホエザルなどにもあることがわかりました。新生児を殺すことにより、母親は授乳を中止するため、発情がきて、新リーダーは交尾できることになります。
からだの特徴

大空を舞うように、大きくジャンプした瞬間をとらえた貴重な写真です。写真家 大高成元氏 撮影
体はほっそりとして4肢や尾が長く、4足歩行するときは尾を高く背中にあげています。体色は全体的に灰色で、顔と4肢が黒です。体の大きさは生息地によって異なり、ヒマラヤ高地など北方の個体群は大型で体長は100cm、体重は20kgを越えます。手の親指は短く、木に4本の指をひっかけて樹上を渡り歩くのに適応しています。頬袋はありませんが唾液腺が大きくなっています。腹部はせり出し、胃は大きく3つにくびれて、胃腸内の微生物により消化しにくいセルロースを発酵させて栄養源として取り込みます。盲腸に虫垂はありません。
顎を前後に動かし食べ物を噛みます。歯式は門歯2/2、犬歯が1/1、小臼歯2/2、大臼歯3/3で左右上下合わせて32本です。オスの尻だこは左右がくっついていますが、メスは分かれています。
えさ
ハヌマンラングールの生息域は広範囲で、環境や植生、季節により変わり、果物が実るころは主食になることもありますが、基本的に葉食動物で、木の葉、若芽、花、種子、が主体となりますが、葉が少ない時期には樹皮も食べます。また、昆虫も食べることが知られています。水はあまり飲みません。
繁殖
出産期は生息地で差があり、冬季積雪するヒマラヤに生息する群れは4〜5月が多くなっていますが、これは冬の前に離乳するためと考えられています。一方、暑いインドの場合、1年を通じて生まれます。発情周期は約24日で5〜7日間続きます。妊娠期間は190〜210日、1産1子ですが時々2子の例が報告されています。出産間隔は15〜24ヶ月です。赤ちゃんの体重は約500g、顔はピンク、体は暗褐色か黒で、生後3〜5ヶ月齢でオトナの体色に変わります。生後1週齢は母親が胸に抱いていますが、生後2週齢になると周囲に目を向け、3週齢で遊び始めます。群れの他のメスたちも早い時期から赤ちゃんの面倒をみます。固形物は生後6週齢から自分で食べ始めますが、授乳も生後10〜12ヶ月齢まで続きます。性成熟はメスが3〜4歳、オスは4歳ですが、体の成長は6〜7歳まで続きます。
長寿記録としては、ドイツのエアフルト動物園で1995年4月25日に死亡した個体の飼育期間26年4ヶ月、死亡時の推定年齢29歳という記録があります。
生息数減少の理由
最大の原因は開発によるに生息域の減少ですが、他にも食料や漢方薬の原料、ペット用の捕獲、エルニーニョ現象で生息域の森林がダメージを受けて食料不足を招いたことも挙げられます。野生の外敵としては、トラ、ヒョウ、ドール、オオカミ、キンイロジャッカル、ヘビ、などに狙われます。
データ
分類 | 霊長目 オナガザル科 |
分布 | 南アジア:北はインド北部のヒマラヤ山系、ネパールから南はスリランカまで、西はアフガニスタン、東はバングラデシュまで。 |
体長 | オス・メス 50〜110cm |
尾長 | オス・メス 73〜110cm |
体重 | オス 約9〜21kg メス 約8〜18kg |
絶滅危機の程度 | 2001年の報告によると、インドでの生息数は約300,000頭と推測されていますが、最近の生息数はインドを含めて不明です。国際自然保護連合(IUCN)発行の2010年版のレッドリストでは、生息数が安定している地域と減少している地域もあるので、絶滅危機の程度も地域によって異なり、現在は絶滅の恐れが少ない低危急種(LC)から、絶滅の恐れが非常に高い絶滅危惧種(EN)まで様々です。 |
主な参考文献
今泉吉典 監修 | 世界哺乳類和名辞典 平凡社1988 |
Gron,K.J. | Primate Factsheets: Gray langur, Semnopithcus, Taxonomy, Morphology, Ecology, Behavior and Conservation, National Primate Research Center (University of Wisconsin) 2008 |
林 壽朗 | 標準動物図鑑全集 動物Ⅰ 保育社1968 |
ジョン・R・ネイピア プルー・H・ネイピア 伊沢紘生訳 |
世界の霊長類 どうぶつ社1987 |
河合雅雄 岩本光雄 吉場健二 | 世界のサル 毎日新聞社 1968 |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.1, The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999. |
Parker, S.P. (ed) | Grzimek’s Encyclopedia of Mammals, Volume 2, McGrow-Hill Publishing Company 1990. |
杉山幸丸 編 | サルの百科 データハウス1996 |