テングザル属
テングザル属に含まれるのはテングザル1種だけで、ボルネオ島にのみ生息する固有種です。成獣のオスの鼻がテングのように長いことから命名されました。
テングザル
サラワク州中央部以外の、海岸やニッパヤシのマングローブ林と河川に沿った川岸林など低地多雨林に生息し、純粋なマングローブ林や熱帯多雨林にはいません。昼行性で午前中の10時ころまでと夕方3時から5時ころまでは群れが一緒になって採食し、日中の暑さが厳しいときは三々五々で休息しています。夜間は1本から数本のこずえで寝ていますが、木の枝に果実が実っているように見えます。行動域は約130haで、日中1〜2km遊動しながら採食しています。
群れは15〜40頭ですが、基本的には、1頭の成獣オスと複数のメス、およびその家族です。大きな群れの場合、成獣オスが2〜3頭いますが、これらは群れが集まったものと推測されます。周辺には若いオスの群れや単独でいる成獣オスもいます。川は泳いで渡り、あるいは高い木の上から飛び込みそのまま犬かきで泳ぎ、潜ることもできます。かつては人間が捕らえていたため、近づくと逃げていましたが、近年餌付けに成功した群れや、観光の目玉として保護し始めたことから、10m以内にまで近づけるようになりました。仲間同士の交信は6種類の声があると報告されています。
からだの特徴

お母さんの鼻がテングの鼻のようでしょう。赤ちゃんの毛の色はもう少し大きくなるまで青味かかっています。写真家 大高成元氏 撮影
体は全体に赤褐色で、4肢はうすい灰色で、顔には毛が生えておりません。肩部から背中にかけては濃いオレンジ、灰色、黒など地域差があり、尾の付け根には3角形のパッチ状の部位があります。最も特徴的な点はオスの大きな鼻で、天狗のように長く伸びています。メスの鼻は少し上向きにぴんとしています。雌雄差が大きく、オスの体重がおよそ20kgあるのに対し、メスは半分の10kg前後です。
歩行するときは4足歩行ですが、2本足でも歩きます。足の第2指と第3指の間には水かきのような膜があり、泳ぐときやマングローブの泥の上を歩くときに適応しています。手の親指は短めで、この点は、オナガザルの仲間(ニホンザルなど)は5本、コロブスの指が4本と比べると中間の長さとなっています。胃はくびれて大きく、腸も長いため太鼓腹のようになり、内部にはセルローズを分解する腸内細菌がいて長時間かけて発酵させ消化しています。尻だこはオスは中央でくっついていますが、メスは離れています。歯式は門歯2/2、犬歯が1/1、小臼歯2/2、大臼歯3/3で左右上下合わせて32本で、オスの犬歯は強大です。
えさ
野生時の主食は、葉、花、新芽、果物、種子、水生植物などで動物性のものは食べません。動物園で飼育するのは難しく、最近横浜ズーラシアで飼育をしていますが、原産国以外で飼育している動物園は少ないサルです。
繁殖
交尾期は地域差がありますが、11月から2月ころがピークで、出産期は3月〜5月で雨季の終わり近くが多いようです。発情中は陰部に性的な腫脹があります。妊娠期間は約166日、1産1子です。赤ちゃんの体重は約450gで、赤ちゃんの顔の色は濃い青か真っ黒ですが生後2.5〜3ヶ月齢で灰色に変化し始めます。固形物は生後6週齢ころから食べ始めますが、授乳は生後7ヶ月齢ころまで続きます。赤ちゃんはおもに母親に抱かれますが、母親が許せば、ほかのメスや成獣のオスも抱きます。性成熟は約5歳です。
長寿記録としては、日本モンキーセンターで1974年9月18日から1999年11月9日までの25年1ヶ月という飼育記録があります。
生息数減少の理由
生息地では、彼らの住んでいた森林とマングローブ林を開発して、その跡に広大なパームヤシ畑を作り、テングザルはこれらの地域では川沿いの林に生息するか、一部の保護区で生息するのみとなっています。開発のほかにも密猟もまだ続いています。野生の外敵としては、ウンピョウ、クロコダイル、ミズトカゲ、ニシキヘビなどのほかカンムリワシには赤ちゃんやこどもたちが狙われます。このほかに、高い樹の上から飛び降りた際の打撲による死亡も多いと報告されています。
データ
分類 | 霊長目 オナガザル科 |
分布 | ボルネオ |
体長 | オス 66〜76cm メス 53〜61cm |
尾長 | オス 66〜75cm メス 57〜62cm |
体重 | オス 約16〜23cm メス 約7〜11kg |
絶滅危機の程度 | 国際自然保護連合(IUCN)発行の2010年版のレッドリストでは、絶滅危惧種(EN)に指定し、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いとしています。1986年の調査では約250,000頭いたと推測されていましたが、1994年には数千頭にまで減少したとの報告もありますが、現在の生息数は不明です。 |
主な参考文献
Beacham, W. and Beetz, K.H.(ed) | Beacham’s Guide to International Endangered Species Vol.1 Beacham Publishing Corp., Florida 1998 |
Gron,K.J.(Reviewed by Boonratana, R.) | Primate Factsheets: Proboscis Monkey Nasalis larvatus, Taxonomy, Morphology, Ecology, Behavior and Conservation, National Primate Research Center(University of Wisconsin) 2009 |
ジョン・R・ネイピア プルー・H・ネイピア 伊沢紘生 訳 |
世界の霊長類 どうぶつ社1987 |
河合雅雄 岩本光雄 吉場健二 | 世界のサル 毎日新聞社 1968 |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.1, The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999. |
杉山幸丸 編 | サルの百科 データハウス1996 |
安間茂樹 | ボルネオ島 アニマル・ウオッチングガイド 文一総合出版 2002 |
安間茂樹 | 熱帯雨林の動物たち 築地書舘 1991 |