チスイコウモリ科
満月の夜になると、吸血鬼に変身して喉にするどい牙で噛み付き、人間の生き血を吸うバンパイアは、吸血コウモリの生態をアレンジした物語です。この物語は吸血コウモリがアメリカ大陸に生息しているにもかかわらず、ヨーロッパの作家が書いた代表的なホラー映画のひとつでしょう。
この影響から世界各地でコウモリは闇の帝王のように感じている方も多いと思いますが、実際には1000種類近く生息するコウモリのなかで、新鮮な血液を餌としているのはわずかに3種類(3属:チスイコウモリ属、シロチスイコウモリ属、ケアシチスイコウモリ属)が生息しているだけです。チスイコウモリ属のナミチスイコウモリはメキシコ北部からアルゼンチンにかけて広く分布していますが、シロチスイコウモリとケアシチスイコウモリの生息地は狭くなっています。
それでは実際のナミチスイコウモリがどんな動物か紹介しましょう。
ナミチスイコウモリ
チスイコウモリが恐れられている理由の一つは、ドラキュラ物語が一役買っていることもあるでしょう。何頭もの個体が同じ傷口からなめ取るのも観察されていますが、血液量は1日あたり約20mlと報告されていますから少量で、また唾液の抗凝血成分により血液が固まりにくくなる作用があるとはいえ、動物が失血死することはまずないでしょう。
一番懸念されている理由は、伝染病とくに狂犬病の伝播に関与していることです。日本は清浄国となっていますが、狂犬病は発症すればほぼ100%死亡するという恐ろしい病気で、アジアやアメリカなど諸外国では罹患して死亡する動物や人もいます。チスイコウモリが狂犬病にかかっている動物の血液をなめとり、他の個体を傷つければ狂犬病を広めると危惧しているのです。
すんでいる場所
ナミチスイコウモリはメキシコからアルゼンチンまで分布しています。大小の洞窟や樹洞、橋の下など、そのねぐらは多岐にわたり数十種類以上の場所に及びます。メスはコロニーを作り、オスは離れてなわばりを守りねぐらで休みます。小群から100〜200頭の群れで住み、日が暮れると活動を始める夜行性動物で、冬眠と夏眠はしません。ふつうは5〜8kmを移動しますが、15〜20kmに広がる地域もあります。このほか数日かけて帰る場合や、さらに遠くまで飛んでいる例も報告されています。体温は平常時33〜37℃で、20℃以下になると自力でもとに戻すことはできません。また、高温にたいして非常に敏感で37℃以上の外温にさらされると生存が危ぶまれます。
からだの特徴

するどい歯をもっているのがおわかりでしょう。 – 写真は大高成元氏撮影
短い鼻口部の鼻葉は獲物の血管を探し当てる熱センサーとして使います。口から発射される約100Hz(ヘルツ)から10kHz(ヘルツ)の音は獲物となる動物の存在を探るのに使います。飛んでいる虫を捕らえないため、すばやく飛行したり急旋回の必要がないため尾はなく、尾翼も狭くなっています。前肢の親指は長く裏には足の裏のようなパッドが3個ついており、地面を獲物まで静かにすばやく跳んだり歩いたりして近づくことができます。皮膜の内側は毛深く足首まであります。耳は大きく丸みを帯びて聴覚は発達しています。目は小さく毛で隠れており夜行性動物のように夜見える仕組みになっています。歯の数は門歯1/2、犬歯1/1、小臼歯1/2、大臼歯1/1、左右上下合わせて合計20本です。上顎の門歯2本は獲物の皮膚を切り裂くときに使い、流出した血液は溝のある舌でなめとります。
繁殖
妊娠期間は7〜8ヶ月、普通は一産一子ですが、まれに双子もあります。出産前、7週間頃になると陰部が色づきます。胎児は後ろ向き(骨盤位)で分娩され、胎盤は出産日に排泄しますが母親は食べません。出産時のあかちゃんは頭部や背中に毛が生えており目も開いています。乳歯は生えており、上下の犬歯は、生後2〜3週間で永久歯に代わります。出産時の体重は5〜7gで、最初の20〜30日間は母親の乳首をくわえて放しませんが、50〜60日齢になると飛行練習を始めます。生後約2ヶ月齢で、母親は自分でなめて飲み込んだ血液を口移しに飲ませます。生後約4ヶ月齢で自分でも血をなめるようになり、生後約6ヶ月齢で初めて獲物に傷をつけて血液をなめます。体格は最初の2ヶ月齢で急速に成長し、生後5ヶ月齢で成獣と同じになります。しかし、食事が乳から血液に代わるのは生後約300日とスローペースで移行し、この頃には性成熟しています。オスは一年中交尾が可能ですが、出産は4〜5月及び10〜11月が多くなっています。寿命は野生では9年近く、飼育下ではミルウォーキー動物園で29年2ヶ月の飼育記録があります。
えさ
チスイコウモリは吸血と称されているように生きた動物の血液が主食です。実際にはするどい門歯と犬歯を使って大型動物のウシやウマ、ヤギ、ブタ、まれに人間などの皮膚を切り裂き、滴り落ちる血液をなめ取っています。シロチスイコウモリとケアシチスイコウモリは鳥の血液を好むと報告されています。大抵、動物たちが眠っている間に、静かに地面に降り立ち、一回に採る血液量は体重の40〜50%になります。食事ができなくてお腹のすいた個体に、充分餌を取りねぐらに戻った個体が血液を吐き戻して与える行動も報告されています。
データ
分類 | 翼手目 チスイコウモリ科又はヘラコウモリ科 |
分布 | メキシコ北部からアルゼンチン、ウルグアイ、トリニダード島 |
体長 | 7.5〜9cm |
体重 | 15〜50g |
前腕長 | 5〜6.5cm |
絶滅の危機の程度 | 国際自然保護連合(IUCN)発行の2008年版のレッドリストでは、現在のところは絶滅の恐れが少ないので、低危急種(LC)に指定されています。 |
主な参考文献
今泉吉典 監修 | 世界哺乳類和名辞典 平凡社1988 |
内田照章 著 | こうもりの不思議 球磨村森林組合 1975 |
J.D.オルトリンガム | コウモリ 進化・生態・行動 八坂書房 1998 |
松村澄子監修 | コウモリの会翻訳グループ |
Nowak,R.M. | Walker’s Mammals of the world SixE ditionVol.1 The Johns Hopkins University Press 1999 |
Corbet,G.B.&Hill,J.E. | A World List of Mammalian Species(Third edition) Oxford University Press 1991 |
Greenhall,A.M.,Joermann,G. &Schmidt,U. |
Mammalian Species No.202, Desmodus rotundus, The American Society of Mammalogists, 1983. |