ニホンザル「チロ」の話し

動物一般

その後、サルが増えすぎて搬出することになり、チロの子どもたちもいなくなりました。すると、チロの様子がおかしいことに気が付きました。なんとチロが岩に向かって座わる日が続き始めました。アリでも探しているのかと思っていましたが、彼女の目の先は何をみているのか不明で、じっと岩を見つめていました。私はすぐに娘たちが急にいなくなったショックだと直感しました。小柄なチロがしょんぼりと首をうなだれて岩に向かって座る姿は哀れです。こんなときほど飼育の非情さを感じることはありません。
だからといってチロの娘を搬出しなければ他のサルが代わりに行かなくてはなりません。大局的に判断すれば群れの分割はやむを得ないのですが、チロの姿を見ているとかわいそうでなりません。精神的な打撃から食欲の不振や元気がない状態が続き、そのまま病気になるのではないかと心配になり、「おーい がんばれよー」と、みんなで応援していました。

1カ月後交尾期がやってきました。交尾期になり、発情ホルモンが分泌されて肉体的にも精神的にも非交尾期と異なり、群れ全体が活気づきます。メスは臀部や外陰部が腫張し、オスは睾丸が下降し赤く腫張し、雌雄ともに異性に対しての関心が強くなって、活気がみなぎるのです。発情がきたチロもまた岩を見つめて過ごすことがなく、娘のチョウチョウを失った悲しみをすっかり忘れたかのように恋の虜になりました。その後めでたく懐妊したチロは半年後の7月、かわいい女の児を出産しました。この年の子供たちは薬品名を命名することに決定し、子供はチンクユと名付けられました。再び自分の子を授かったチロは、生き生きした表情を取り戻しました。チンクユの前にすでに3頭の育児を経験しており、自分の子を持ったときの喜び、失ったときの悲しみを知っているはずです。育児のベテランであるはずのチロがまるで初産のようにしっかりとチンクユを抱いています。うっかり子どもを放した隙きに、チンクユが連れ去られるのを警戒しているようです。

「大丈夫だよ。もうチロの子どもはどこにも出さないから」

私は思わず独り言をいっていました。
そして、四年後、チンクユに子ができてユキガッセンと命名され、チロはおばあちゃんになったのです。おばあちゃんになったチロは娘のチンクユと孫がかわいくて仕方ありません。

一方、チンクユは親の過保護を知ってか、すぐ前にゴロリと横になるとチロの手を引っ張り、グル-ミングをせがむのです。チロはそんなチンクユが愛しいらしく、催促されるままにいそいそとグル-ミングをしていました。過去にまるで子どもの連れ去り事件?があったことなど知るよしもない娘と一緒に生活できる嬉しさが一杯でした。

顔や毛の色は艶を失い、後ろ足の後遺症でとくに右足が不自由で、大きな段差のある場所は簡単に上がることができません。飼育員はこのような彼女の体の具合を熟知して、掃除のときには彼女を脅かせないように気を配っていました。

1992年夏の調査によれば、メスガシラ一族のアイズホマレが群れの中心として多くのメンバ-と関わる中で、もう一方の人気者がなんとチロという調査結果が出ています。老化は歴然としていますが、体力のない彼女はコドモたちの遊び相手としても人気があり、また、年老いたオスたちも他のメスのようにチロから攻撃される恐れがなく安心して一緒に過ごせたからでしょう。

動物園では1990年からシルバ-ガイドが発足しました。人生経験豊かなシルバ-ボランティアの方々からも、チロの華奢な体と不自由な後足と控え目な態度は共感を覚えるのか人気がありました。私自身も子供時代、祖父や祖母に可愛がられて育ったためか、人間にせよ動物にせよ高齢者には敬意と親近感をもっていました。1992年の調査結果で、チロが実際にはメスの中にも多くのサルと接触をもっていることが判った時、サル社会でも年寄りはなんでも包みこんでしまうような包容力があり、それが人気の秘密かと考えたものです。

チロは1993年に28歳であの世に旅立ちましたが、当時のサル山では最長寿でした。

なお、現在のサル山は隣接して寝小屋ができ、安全に1頭を捕獲できるので昔のようにサルに負担をかけないそうです。

私たちエレファント・トークのメンバーも現在は老人クラブのような状況になってきましたが、最年長の伊藤政顕さん、大高成元さん、山本洋輔さん、中里竜二さんと毎月1回集まり、意気軒昂で昔のことは昨日のことより良く覚えているので楽しいひと時を過ごしています。

メンバーが揃うと多くの動物に対応できるので、有袋類やパンダは中里さん、両生類、爬虫類は山本さん、動物全般は伊藤さん、写真のことなら世界中を見て回った写真家・大高さんとそれぞれの専門家がチェックしています。

今年もよろしくお願い致します。

写真は、大高成元さん撮影です。母親に抱っこされて赤ちゃんは安心しています。

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