ヤブイヌ属
本属は1種・ヤブイヌのみで、イヌ科の中で最も原始的な種とされています。体の特徴として、胴長で体高が低く、吻が短いこと、及び、指の間には水かきがあり、歯の数が少ないなどの特徴があります。これらの特徴を生かした独特な生態が見られます。藪の中で前方を向いた姿勢のまま、走って後退することができるヤブイヌについて、もう少し詳しく紹介しましょう。
ヤブイヌ
中央アメリカのパナマ東部から、南アメリカのコロンビア、ベネズエラ、ギアナ、ブラジル、ペルー東部、ボリビア東部、パラグアイ、アルゼンチン北東部と広域に生息しています。生息環境は、森林や草原で、行動域は3.8~10.0km²におよび、とりわけ林縁や川の周辺、沼沢地などの水辺を好みます。
泳ぎや潜水が上手で、アマゾン川支流のネグロ川やベネズエラのカウラ川を泳いで渡る姿が観察されています。群れの大きさは2~12頭でパックと呼ばれ、群れの中で一番優位なペアのみが繁殖にかかわり、群れの他のメンバーは、子どもの防衛、移動、なめる、食べ物を運ぶなどで次の子どもができるまで育児に協力します。
基本的に夜行性ですが、動物園では昼夜を問わず活動しています。巣は、自分で掘った穴、倒木の幹、岩の割れ目、アルマジロが使った穴などで休息や出産をします。
尿によるマーキングの仕方は、オスがイヌのように片あしをあげて排尿するのに対し、メスは逆立ちをして行います。排尿位置により、個体の大きさや発情の有無の情報を得ているのでしょう。
声によるコミュニケーションは10種類に分けられ、このうち子どものクーンクーンという悲しそうな鳴き声の音域は670~880Hz(ヘルツ)、成獣の短い鳴き声は450~1790Hzです。
からだの特徴

雰囲気がペットのイヌと違い、いかにも野生動物の感じがしますね。写真家 大高成元氏 撮影
肢と尾が短く、耳は丸く小さくて、体高が低く小柄でがっしりとした体形は、イヌよりむしろアナグマに似ています。
体色は暗褐色から黄赤色まで幅がありますが、一般には、全体が暗灰褐色で、腹部、四肢、尾は黒く、短く粗い毛が生えています。顎の先端部、喉はうすく白っぽくなっています。顔は黄褐色で特徴になるような斑紋はありません。
水かきがあるために水生生活に適応し、季節に関係なく泳ぎ、小川の周辺の柔らかい土の上も楽に歩けます。歩幅(ストライド)は約28cmとの報告があります。
歯式は、門歯3/3、犬歯が1/1、小臼歯4/4、大臼歯1/2で左右上下合わせて38本です。多くのイヌの仲間より、上下の大臼歯が1対少なく、裂肉歯も鋭いことが大きな特徴です。乳頭は4対です。
肛門腺は長円形で大きく長さが2.3cm、幅が1.8cmの調査例があります。
えさ
基本的には肉食性で、アグーチ、パカ、カピバラ、その他の小形のネズミなどのげっ歯類、鳥、ヘビ、エビ、カニ、魚介類が主な食べもので、時には果物などを食べることもあります。
群れで協力して狩りをおこないシカ、ペッカリーそして、アメリカバクも餌食になった記録があります。大きな獲物を捕えるときは川に追い込み、水中で捕まえる方法や、穴を掘って潜んでいるアルマジロなどの場合は、穴の入口から入る個体と獲物の逃げ道で待ち伏せする個体が役割を分担して捕まえるやり方など、獲物の生態に応じて狩りを行います。
飼育下では、馬肉や鶏頭、イヌ用のペレット、卵、果物を与えています。
繁殖
メスは繁殖期の間に周期的に発情を繰り返す多発情ですが、これは他のイヌ科では見られない独特の生理です。野生では雨期(10月から3月)が繁殖期ですが、飼育下では年間を通じて出産例があります。発情は平均で4.1日続きますが、飼育下の発情は1~12日続き、15~44日の間隔で見られました。また、1年間で発情が4回と7回のケースがあったとの報告もあります。
もっとも早い妊娠は生後10ヶ月齢で、オスの最速の繁殖行動は生後12ヶ月齢でした。妊娠期間は平均で67日(65~83日)、1産3~6頭で最高10頭の産子数の報告があります。出産間隔は平均238日です。
生まれたばかりの赤ちゃんは体重125~190gで、目は閉じており、開くのは生後14~19日齢です。子どもが巣穴から初めて出るのは、生後2.2週齢です。生後40日齢で476~546gとなった報告があります。生後13~27週齢まで授乳します。性成熟は生後14~18ヶ月齢です。
長寿記録としては、イギリスのトゥワイクロス動物園で2000年5月11日に死亡した個体の14歳1ヶ月という記録があります。
外敵としては、アマゾン流域のある地域では人間によって殺されます。成獣のヤブイヌの死体のそばにピューマやジャガーの足跡が見つかっています。
データ
分類 | 食肉目 イヌ科 |
分布 | 中央アメリカのパナマ東部から南アメリカ中部 |
体長(頭胴長) | 60~75cm |
体重 | 5~7kg |
尾長 | 12~15cm |
肩高 | 約30cm |
絶滅危機の程度 | 生息域が広く、最近の繁殖可能個体が15,000頭以下と推定され、現在は絶滅の危機は少ないと考えられているので、IUCN(国際自然保護連合)発行の2010年版のレッドリストでは、準危急種(NT)にランクされています。 しかし、南米もまた開発が進み、生息地の減少と消失が続いているので注意深く経過を見守る必要があります。 |
主な参考文献
Beisiegel,B.M, and Zuercher,G.L. | Mammalian Species No. 783. Speothos venaticus. The American Society of Mammalogists 2005. |
今泉吉典 監修 | 世界の動物 分類と飼育2 食肉目 (財)東京動物園協会 1991 |
今泉忠明 | 野生イヌの百科 データハウス 1993 |
今泉吉典 監修 | 動物大百科 食肉類 平凡社 1986 |
Nowak, R. M. | Walker’s Mammals of the World, Six Edition Vol.1, The Johns Hopkins University Press, Baltimore 1999 |
Parker, S.P. (ed) | Grzimek’s Encyclopedia of Mammals, Volume 2, McGrow-Hill Publishing Company .1990. |